大川原化工機事件をめぐる公安警察の栄光と挫折とは?元スパイが読み解く失敗と背景(SPY-NE031)
- エリート・スパイの他部署への派遣
- 警察組織の中のエリート集団である公安警察
- 「情報機関」としての公安警察
- 「法執行機関」としての公安警察
- 二面性を持つ日本唯一の特殊な「情報機関」
- 公安警察の系譜は戦前の特高警察
- 伝統墨守のための厳しい内部選抜
- 長所①:組織と職務に対する高い忠誠心
- 長所②:他部署とかけ離れた情報収集という専門性
- 長所③:日本唯一の二面性故の他省庁にない捜査権限
- 短所①:選抜故の組織内部における過剰なエリート意識
- 短所②:他部署と異なる専門性故の警察一般のスキルやノウハウの欠如
- 短所③:日本唯一の二面性故の他省庁に対する閉鎖性
- 筆者(配信者)が見た公安警察
- 数々の短所がエリートスパイ集団にもたらす病巣
- 大川原化工機事件で明らかになった公安警察の病巣
- 警察内部で存在のあり方を問われる公安警察
- 「スパイ防止法」無き国における防諜活動のあり方
- 公安警察の現状は日本の「情報機関」全体に共通
エリート・スパイの他部署への派遣
2025年4月14日、警視庁公安部に所属する公安警察官が、4月以降、刑事部など他部署へ派遣されて捜査経験を積ませる方針であることが報道により明らかになりました。派遣対象となるのは、公安部に所属する若手から中堅の捜査員であり、凶悪事件や経済事件など、従来の公安とは異なる捜査現場で実務経験を積ませることが狙いとされています。
警視庁公安部をめぐっては、2020年、横浜市に本社を構える化学機械メーカー「大川原化工機」が、軍事転用可能とされる噴霧乾燥機を中国に輸出したとして、外為法違反(不正輸出)容疑で社長らが逮捕される事件が発生しました。ところが、翌2021年には起訴が取り消され、事件は実質的に「誤認逮捕」として終結することになります。
さらに、2023年12月には、同社と経営陣が東京都および国を相手取り起こした損害賠償請求訴訟において、裁判所は「違法捜査があった」と認定。東京都および国に対し、合計1億6200万円の賠償を命じました。現在も控訴審で争われており、最終的な司法判断が注目されています。

警察組織の中のエリート集団である公安警察
警視庁公安部は、「公安警察」と呼ばれる警察内部の専門組織の一つであり、東京を管轄する警視庁においては最大規模の人員を有しています。全国で唯一「公安部」の名称を持つのも、この部署です。その他の道府県警察では、同様の機能を「警備部」が担っており、これが公安警察に相当する組織とされています。
公安警察は、殺人や詐欺といった個人レベルの刑事事件を捜査するのではなく、政府や国家全体に影響を及ぼす可能性のある活動を対象とします。主な捜査対象は、政府を暴力的に打倒しようとする団体や組織であり、かつては日本共産党や、極左暴力集団(いわゆる過激派)など、共産主義思想に基づく左翼勢力が中心でした。
東西冷戦の終結後は、国際テロの脅威が増し、中国やロシアなど旧共産圏の国家による「スパイ活動」が注目されるようになったことで、公安警察の関心は、国内の過激派にとどまらず、国家的な安全保障に関わる外国勢力へと広がっていきました。
このように公安警察は、国家の安全と治安を守るという観点から、一般的な刑事捜査とは異なるスケールと性質を持っています。警察組織内部でも、その特殊性と機密性の高さから、「エリート集団」として一目置かれる存在です。

「情報機関」としての公安警察
公安警察は、警察内部の他部署と異なり、犯罪が発生してから捜査に着手するだけではありません。犯罪が発生する以前の段階から、その兆候を察知するための情報収集を行っており、いわば「情報機関」としての一面を持っています。
個人が関与する一般犯罪とは異なり、政府や国家を標的とする犯罪は、一度発生してしまうと、国民全体に深刻な被害を及ぼすおそれがあります。そうした犯罪を未然に防ぐ必要があり、事後の捜査よりも、事前の情報収集と分析が重視されるのです。
実際に公安警察は、日本政府の「情報機関」で構成される「情報コミュニティー」の一員として位置づけられており、この点に限れば、名実ともに「情報機関」と言えるでしょう。

「法執行機関」としての公安警察
同時に、公安警察は警察組織の一部であり、そもそも警察そのものが、警察法や刑事訴訟法などに基づいて、逮捕や家宅捜索といった強制権限を行使することが認められています。こうして法律の規定を実力で執行できる組織を、一般に「法執行機関」と呼びます。
つまり、公安警察は、犯罪行為が発生する以前は任意の情報収集を行い、犯罪が発生した後は、刑事訴訟法などに基づいて強制的な捜査権限を行使するという、二つの面を担っているのです。犯罪がまだ具体化していない段階では、あくまでも任意捜査にとどまり、強制権の行使は認められていませんが、事件が発生すれば、逮捕や捜索差押えといった強制捜査が可能になります。
この意味で、公安警察は「情報機関」であると同時に、「法執行機関」としての性格も併せ持つ特異な組織と言えます。

二面性を持つ日本唯一の特殊な「情報機関」
日本における「情報機関」の中で、強制権限を有しているのは公安警察だけです。いわゆる「情報コミュニティー」の主要メンバーのうち、内閣情報調査室(内調)、公安調査庁、外務省国際情報統括官組織そして防衛省情報本部の4つは、いずれも法律上、任意調査しか行うことができません。
つまり、これらの「情報機関」は、収集した情報をもとに、逮捕や家宅捜索などの強制的な捜査を行うことはできず、捜査権限を持つ公安警察との連携が不可欠となります。この構造の中で、公安警察は「情報を自ら収集し、必要に応じて自ら法的手段で動ける」という唯一の立場にあるのです。

情報機関は、世界中の多くの国に存在していますが、原則として任意調査しか認められていないのが通例です。例えば、米国の中央情報局(CIA)は、職員約2万人を擁する世界最大規模の情報機関ですが、捜査権限は任意調査のみに限られています。また、世界最古の近代情報機関とされる英国の秘密情報部(MI6)も同様です。
情報収集は、事後の犯罪捜査とは異なり、発生前に行う必要があります。犯罪が発生する前に行う捜査を「見込み捜査」と呼びますが、強制権限を行使できる場合、冤罪を引き起こす危険性が高いため、任意調査しか認められていないのです。
このため、世界的には情報機関と法執行機関は原則として分離されており、冤罪を防ぐためのバランスが取られています。

公安警察の系譜は戦前の特高警察
日本の公安警察は、この両者を併せ持つという点で、世界的に見ても非常に稀な存在であると言えるでしょう。背景には、非公式ながら、戦前の特別高等警察(特高警察)に端を発しているという歴史的な経緯があります。
特高警察は、戦前の日本で、天皇制や軍国主義に反する思想や運動を取り締まり、外国の「スパイ活動」を摘発していました。情報機関でありながら法執行機関でもあり、犯罪行為が発生する前に強制権限で情報収集を行い、逮捕権を行使していたのです。その結果、数々の冤罪を生んだ悪名高い秘密警察として知られています。
第二次世界大戦の敗戦に伴って、1945年に解体されましたが、共産主義運動が急速に広がり、1952年には皇居外苑で警官隊と左翼団体のデモ隊が衝突し、死傷者が発生します。このような暴力的な共産主義運動による国家転覆の危機が現実味を帯びてきたことから、治安維持のために政府内部に公安部署が設置されることとなります。
その人員配置には、旧特高警察のメンバーが多く充てられ、現在の公安警察が誕生しました。現在の公安警察は、任意捜査による情報収集と、集めた情報に基づいて証拠を集めることで強制権を行使しており、この点で特高警察と異なります。ただし、情報機関でありながら法執行機関という二面性を持つ点は、変わっていないと言えます。

伝統墨守のための厳しい内部選抜
公安警察は、特高警察から捜査上のスキルやノウハウを受け継いだという伝統があります。この伝統を守り、受け継いでいくという観点から、警察内部では、刑事部など他部署とは異なる立ち位置にあります。そのため、公安警察官としての適性評価が行われ、上司からの推薦を経て配属されるという選抜制度が存在しています。
選抜倍率は公表されていませんが、警視庁の場合、警察官約4万3000人のうち、警視庁公安部に所属するのは約1000人規模と見積もられています。公安警察官は全体の約2%に過ぎないため、非常に狭き門となっています。
そのため、公安警察官は、様々な長所に恵まれていると言えます。
長所①:組織と職務に対する高い忠誠心
公安警察官は、厳しい選抜を通過したことにより、組織内部でエリート意識を高めることになります。公安警察の目的は、国家レベルの治安維持であり、その重要性は個人レベルの犯罪捜査と比較になりません。そのため、公安警察官は、組織と職務に対して高い忠誠心と責任感を持ち、常に国家の安全に貢献する意識を持って行動します。この強い忠誠心が、彼らの捜査活動を支える原動力となっています。

長所②:他部署とかけ離れた情報収集という専門性
公安警察官は、警察官でありながら、情報収集に携わることで、他部署にない専門性を身に付けています。通常、捜査活動は強制権限に基づく逮捕、証拠確保、起訴など、法律上の手続きに従います。しかし、情報収集は、法律の枠に捕らわれずに進行する特殊業務であり、密かに情報源と接触し、人間関係を築いて情報を入手します。このため、情報収集は捜査活動と異なり、法律上の手続きに従わない柔軟性が求められる分野です。公安警察は、この独自の方法で、他部署と一線を画した高度な情報収集能力を誇ります。

長所③:日本唯一の二面性故の他省庁にない捜査権限
公安警察官は、情報収集の過程で必要があれば、逮捕や家宅捜索などの強制権限を行使することが可能です。この点が、公安警察の最大の特徴であり、他の「情報機関」にはない独自の捜査権限を持つことができます。場合によっては、情報源となる者に対し、協力と引き換えに強制権限の行使を回避するという交換条件を提示することもあります。この独自のアプローチによって、高度な情報を入手できる可能性を持っています。

短所①:選抜故の組織内部における過剰なエリート意識
公安警察官は、厳しい選抜を通過したため、他部署の警察官に対して過剰なエリート意識を持つことが多く、組織内部での人的交流を避ける傾向にあります。このため、孤立化しがちであり、同じ公安部署内でもエリート意識を競い合うことが多く、不和や対立の原因となることがあります。こうした過剰なエリート意識は、組織内の協力関係を築くうえで障害となることがあります。

短所②:他部署と異なる専門性故の警察一般のスキルやノウハウの欠如
公安警察官は、日常業務の中で情報収集に多くの時間を割くため、警察の一般業務における経験が十分に積まれにくくなります。情報収集は、基本的に任意捜査として行われるため、法令の規定に必ずしも従う必要がなく、強制権限を伴う犯罪捜査とは、運用方法が異なります。犯罪捜査は、法令の規定に従って行わなければならず、そこで必要とされるスキルやノウハウが公安警察官には不足している場合があります。

短所③:日本唯一の二面性故の他省庁に対する閉鎖性
公安警察官は、強制権限を行使できる情報収集を行うことができるため、他の「情報機関」に対して優越意識を持ちやすい傾向があります。情報収集においては、情報源に制限を設けず、あらゆる人物や機関から情報を得ることが求められますが、公安警察官は他の政府機関との情報交換を避けることがあります。これは、自分たちの情報が盗まれることを恐れ、独自に情報を保持しようとする傾向があるためです。このため、情報交換を通じてより貴重な情報を得るという手法が取られにくく、結果的に情報収集の幅が狭くなり、他機関との協力関係を築くのが難しい場合があります。

筆者(配信者)が見た公安警察
筆者(配信者)は、現役スパイとして情報収集に従事していた当時、公安警察官と何度か接触する機会がありました。
例えば、東京都内にはイスラム教の礼拝施設であるモスクがあり、毎週金曜日には、イスラム教の教義に従った集団礼拝が行われます。多くのイスラム教徒が集まるため、モスクの出入り口付近では、私服姿の警察官の姿を見かけることがあります。通常は、警視庁公安部の警察官と、所轄警察署の警備課の警察官と二人一組で行動しており、彼らはモスクに入ろうとするイスラム教徒に声をかけたり、軽く挨拶を交わしたりしています。
筆者(配信者)もまた、モスクにおけるイスラム教徒の動向を探るために現場に居合わせることがありました。不審者と誤認されるのを避けるため、警察官に接近して身分を明かそうとします。すると、公安警察官は配信者と一定の距離を取り、その場から離れていきました。一方、所轄署警備課の警察官は、配信者に軽く挨拶を返し、時には雑談にも応じてくれました。
このような対応は一度きりではなく、常に同じパターンでした。公安警察官は、他の「情報機関」との接触を避けるよう、組織内部で明確に指示を受けていると考えられます。これは、前述した公安警察の閉鎖性を象徴するような一場面であり、公安警察がいかに独自の論理と慎重な行動原則に基づいて運営されているかを示しています。

数々の短所がエリートスパイ集団にもたらす病巣
公安警察官は、年齢的に若いうちから選抜され、「スパイ活動」に関する教育を受け、「エリートスパイ」として育成されていきます。こうした教育環境は、過剰なエリート意識を助長する土壌となり、実際に筆者(配信者)に対する彼らの対応にも、その一端が表れていました。おそらく警察内部においても、他部署の警察官に対して同様の距離感があるものと推察されます。
一方で、公安警察官は警察官でありながら、日々の業務の大半を情報収集に費やし、証拠を収集する捜査活動にほとんど関わらないという矛盾を抱えています。強制捜査のスキルやノウハウを必要とする現場経験が乏しいことは、組織全体にとっても無視できない課題です。
こうした状況を踏まえると、「警察業務に疎いエリート警察官」こそが、公安警察官の本質を表しているのかもしれません。

大川原化工機事件で明らかになった公安警察の病巣
こうした公安警察の本質は、大川原化工機事件において端的に現れました。証拠ではなく、情報に基づいて見込み捜査を進めた結果、容疑とされた事実と実態との間に乖離が生じても、失敗を許されないというエリート意識が働いたことで、途中で軌道修正ができないまま、ついには容疑者を逮捕してしまったのです。
このような事態は、日常的に捜査活動を行っている刑事部など他部署であれば、早期に軌道修正が図られ、未然に防げた可能性があります。しかし、公安警察の長所である情報収集能力や独立性が、逆に柔軟性を欠く判断へと裏返り、結果として不運にも冤罪事件へと発展してしまいました。

警察内部で存在のあり方を問われる公安警察
公安警察は、国内部門と国外部門に分かれた部署構成となっています。国内部門では、日本共産党、極左暴力集団(過激派)、そして右翼団体の動向を監視していますが、時代の変化とともに、こうした組織レベルに対する継続的な捜査の必要性が疑問視されるようになっています。
国外部門においても、従来は大きな脅威とされた国際テロへの対応が急速に優先順位を下げており、公安警察の体制全体に対して、時代の変化に応じた組織改革が求められています。
また、安倍元首相や岸田首相(当時)への襲撃事件では、実行犯が特定の組織や団体に所属しておらず、最近の公安事件は、組織レベルではなく個人レベルで多様化しています。そのため、これまでのように組織や団体を対象とした情報収集体制では、現実の脅威に対応しきれない状況が顕在化しつつあります。

「スパイ防止法」無き国における防諜活動のあり方
必要性の低下に加えて、日本では未だに「スパイ防止法」が制定されておらず、公安警察は、戦前の特高警察レベルの広範かつ強力なスパイ摘発捜査ができません。現在は、「対日有害活動」という概念を用いながら、刑法や不正競争防止法など現行法令を限界まで駆使することで、外国の「スパイ活動」を摘発するほか手段がない状況です。
一方、捜査経験に乏しい公安警察官が、現行法令にどこまで精通しているかには疑問が残ります。逮捕を伴う強制権限の行使のような法的に複雑な事案では、実際の捜査現場での実務的な法律適用の経験と知識が不可欠です。
冒頭で触れたように、公安警察官が他部署へ派遣されるようになった背景には、こうした実務経験の不足が組織内で認識されていることも一因と考えられます。

公安警察の現状は日本の「情報機関」全体に共通
大川原化工機事件は、公安警察による不祥事として大きく報道されましたが、これは決して公安警察だけの問題にとどまりません。他の「情報機関」も、情報収集のあり方という点では、同様の課題を抱えていると言えます。
今回の事件では、公安警察が強制権限を行使して容疑者を逮捕したことにより、訴訟に発展し、検察や裁判所といった第三者による情報や証拠の検証が行われ、最終的に違法性が明らかになりました。しかし、内閣情報調査室や公安調査庁は任意調査しか行えず、こうした外部による検証機会が存在しないのが実情です。そのため、収集された情報がどの程度適正であるかは、極めて不透明なままです。
この意味で、大川原化工機事件は、公安警察だけではなく、日本の「情報機関」全体の情報収集の限界を象徴的に示した出来事と考えられます。今後は、法制度・組織運用の両面から、情報活動の適正と透明性をどう確保していくのかが、問われる時代に入っているのではないでしょうか。

以 上



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