家庭内不和に悩む現代日本社会へ溶け込んでいく在日クルド人コミュニティー(SPY-NE014)
はじめに
著者は、2000年代に埼玉県川口市や蕨市を中心とする在日クルド人コミュニティーに潜入調査して、多くの在日クルド人と交流しました。ただ、元諜報員(元スパイ)に課された情報保全規程に基づき、その詳細や特定につながる非公開の情報を明かすことは一切できません。
あくまでも、報道に基づく公開情報を根拠として、元スパイの視点から、昨今話題の在日クルド人問題の経緯と実情を論じます。これは、在日クルド人への差別と偏見を払拭し、彼らの生活と活動の適切な理解を促進することが目的です。
在日クルド人の存在を日本社会へ知らしめた乱闘事案
産経新聞と埼玉新聞の報道によれば、2023年7月4日、埼玉県川口市の病院で、トルコ国籍の在日クルド人約100人が乱闘を起こし、死傷者が発生しました。
2015年には、駐日トルコ大使館前に集まった約500人の在日トルコ人と在日クルド人の間で、乱闘事案が発生しています。そして、100人規模の在日クルド人が関与した乱闘事案としては初めてであり、これまで日本社会で特段に注意を払われてこなかった在日クルド人の存在を知らしめる契機となりました。

SNS上では、一部から、在日クルド人への「ヘイト」と捉えられる差別と偏見が散見されます。毎年3月に埼玉県内の公園施設では、クルド文化の祝祭である「ネウロズ」が開催されていますが、2024年3月の「ネウロズ」に対しては、施設の貸出に当たって、一部から批判と反対が殺到しました。「ネウロズ」の開催に対して、日本社会の一部から批判や反対が出るのは、これが初めてとみられます。
在日クルド人コミュニティーが日本社会にとってネガティブな存在になりつつあると示すのでしょうか。在日クルド人の内情を探りながら彼らが直面する問題を分析し、彼らを取り巻く環境を考えることで、問題の根幹に焦点を当てます。

国家を持たない最大民族というアイデンティティの分裂
世界的にみて、クルド人といえば、主にトルコ、イラク、イラン、シリアにまたがる地域に居住しながらも、民族国家を持たないことで知られます。クルド人は、これら各国の政府から、民族に基づく事実上の自治権を認められる場合もあれば、民族に基づく政治的権利を認められない場合もあります。
イラク北部では、クルド人が実効支配して民族的な自治区と自治政府を形成しており、キルクークなど油田地帯のを有するため、経済的な豊かさに恵まれたクルド人がいます。トルコ南東部では、民族的な自治権などの政治的権利が認められず、資源採掘権にも恵まれなくて困窮する生活を送るクルド人がいます。
一言にクルド人と言っても、居住地域の事情に違いがあり、民族国家の樹立に積極的な個人や組織があれば、民族国家を持たない現状を受け入れる個人や組織があります。決して、一枚岩ではなく、クルド人国家を求めるトルコ系クルド人や、クルド人自治権を達成したイラク系クルド人のように、居住地域ごとに異なる民族と言って差し支えない実態です。
そして、主に、埼玉県の川口市や蕨市に居住するのは、トルコ南東部から来日したトルコ系クルド人です。トルコ政府から、クルド人としての政治的権利を認められず、分離独立運動を弾圧され、資源もなく経済的に困窮した人々です。
クルド人の複雑な世界的事情の一部が日本国内へ波及することで、在日クルド人コミュニティーが発生したというわけです。

2010年代:平穏な在日クルド人の生活に生じた異変
トルコから世界各地へ向けて逃れたクルド人の一部は、諸説ありながらも1990年代初頭に日本へ辿り着き、クルド人による事実上の日本移民が始まりました。こうした事例はクルド人に限った話ではありません。
この時期は、日本が経済的に活況であったこともあり、トルコを含む様々な国から外国人の来日が本格化して、労働力として定着し始めます。欧州に続いて日本においても、外国人コミュニティーが形成される契機となった時期であり、クルド人の来日は、あくまでもその一つの事例に過ぎません。
クルド人を含む外国人は、日本が不況下にあった2000年代に入っても続々と来日し、在日外国人コミュニティーとして日本国内に根付いていきます。在日外国人コミュニティーとして形成されることで、こうしたコミュニティーにおける同胞間の生活と仕事を求めて、新規に来日する者が更に増加します。
さらに、在日外国人の中には、来日後に外国人同士で結婚したり、時には現地人つまり日本人と結婚する者も現れるようになります。こうして日本で結婚すれば、日本で子供を産んで育てるようになり、来日開始から数十年も経過すれば、コミュニティーの規模は指数関数的に増加します。
これは、在日クルド人も例外ではなく、クルド人同士や日本人との間に生まれた日本育ちのクルド人がコミュニティー内部で増えていきます。2010年代は、新規来日したクルド人と日本で生まれ育ったクルド人が在日クルド人コミュニティーの中で多数派を占めるようになります。

2020年代:中高年層と若年層という二つのクルド人世代
2020年代では、在日クルド人コミュニティーの内部は、来日経緯の観点からおおむね、三つに分かれていると考えられます。先ずは、①1990年代から2000年代に来日したトルコ生まれの古参クルド人です。二世が誕生した現在では、在日クルド人一世に相当し、在日歴はおおむね20年を超えています。
次に、②2010年代に急増して来日したトルコ生まれの新参クルド人です。特に、2015年以降の来日者が多く、在日歴はおおむね10年以下です。
そして、③古参クルド人の子弟である日本生まれのクルド人二世です。年齢がそのまま在日歴となります。
こうして三つに分かれているとはいえ、在日クルド人一世に当たる古参クルド人はごく少数派であり、新参クルド人とクルド人二世が圧倒的な多数派を形成しているはずです。

また、年齢的に見ると、古参クルド人は、若年層であった1990年代から2000年代に来日しており、現在は中高年層になっています。
一方、2010年代に急増した新参クルド人は、労働者となるべく来日したため、現在も若年層のままです。日本生まれのクルド人二世に至っては、未成年から成人するくらいに若年層が大半です。
つまり、年齢的には、在日クルド人コミュニティーが、少数派の中高年層と多数派の若年層におおむね二分されているはずです。こうなると、クルド人に限らず、人間社会が経験せざるを得ない世代間ギャップという現象が現れます。

1990年代から2000年代に来日した在日クルド人一世たち
1990年代から2000年代に来日した古参クルド人は、日本にクルド人が皆無な状況から、日本国内で生活と仕事を始めました。彼らは、外国人に決して親和的といえない日本社会の中で、日本語という独自言語に悩まされ、日本人と十分にコミュニケーションできないまま劣悪な肉体労働に従事しました。
難民として認めてもらおうにも、日本の入管制度は「難民」という在留資格を設けておらず、在日クルド人による難民認定は、この時期に皆無であり、難民として日本社会に受け入れてもらうことは絶望的でした。
来日初期のクルド人は、自分と家族の生活と仕事のため、心身を削りながら必死になって、日本社会に溶け込もうしていたことは想像に難くありません。こうした経緯もあり、彼らは、日本の文化と習慣を理解し、会話するに問題ない程度に日本語を習得し、ビジネスを始めるために日本の複雑な制度と手続きに対応してきました。
現在、こうした古参クルド人は、中高年層に差し掛かり、すっかり定着した日本社会の中で平穏な生活を送っているとみられます。

2010年代に急増した新規来日者と在日クルド人二世
一方、2010年代には、トルコから新規に来日するクルド人が急増しました。2015年には、トルコ国籍者による難民認定の申請件数が初めて1000件に達したとされており、これは新参クルド人の急増を端的に示すとみられます。

そのほか、古参クルド人の子弟であるクルド人二世が在日クルド人コミュニティーの中で、目立ち始めます。彼らは、生まれながらにして日本社会におり、日本社会で育ちます。日本人と同じ義務教育を受け、高校や大学に進学する者もいます。
故に、日本語を母国語として、漢字の読み書きを習い、日本語の読解能力を身につけます。その上で、日本人と幼少から交流して日本の文化と習慣に染まっており、見た目は外国人でありながら、中身は日本人と何ら変わりません。子供であるが故に環境への適応力が、親である在日クルド人一世と比較にならないのです。

例えば、親である在日クルド人一世は、日本語の会話能力については十分ですが、読み書きがほとんどできません。これは、日本語が、平仮名など表音文字に加えて、漢字という表意文字を混ぜ合わせた特殊言語のためです。在日クルド人一世は、生活と仕事に追われて、漢字の読み書きを習う余裕がありませんが、その子弟である二世は、日本の義務教育で幼少から漢字の読み書きを習います。
結果として、在日クルド人二世は、親世代と比較にならないほど日本の文化と習慣に関する情報を収集し、その思考と感覚は日本人そのものとなります。逆に、親世代が親しんだクルドの文化と習慣に馴染むことなく、クルド語も話すことができません。そもそも日本に住んでいるため、必要ありません。

こうしてクルド文化に生まれ育った在日一世の親世代と、日本文化に生まれ育った在日二世の子供たちは、アイデンティティーをはじめとして思考や感覚が全く異なるようになります。要するに、外国人と日本人が同一の家族を構成するようなものです。在日クルド人家庭では、こうした世代間ギャップもあって、在日二世の子供たちは在日一世の親世代の教育やしつけを受け付けないようになります。つまり、親に反発して言うことを聞かない子供になっていくのです。

世代間対立をコミュニティー外部へ波及させる在日クルド人二世
在日クルド人コミュニティーの内部では、親子の世代ギャップが拡大し、不和が生じます。そして、親の教育やしつけを聞かない子供たちは、馴染みの薄いクルド文化に染まったコミュニティーを離脱して、慣れ親しんだ日本社会へ飛び出していきます。
要するに、教育やしつけの行き届いていない未成年が家族の元を離れて、日本社会へ流入するという一面を意味します。こうした在日二世の一部からは、日本社会のルールやマナーを十分に守らず、コミュニティー外部でトラブルを引き起こし、時には、地元住民に対して不安や恐怖を与える者が出ます。本来であれば、両親が子供を厳しく教育することで更生させるはずですが、世代間ギャップもあって、在日クルド人家庭における親子関係では困難です。
こうした中、2022年12月に、埼玉県川口市内の県道で、未成年のクルド人によるひき逃げ事故が発生しました。さらに、2024年9月には、女学生への暴行容疑で21歳のクルド人男性が逮捕されました。
彼らがこうして違法行為に関与した具体的なプロセスは定かでありませんが、いずれも20歳前後と若く、在日クルド人二世とみられています。在日クルド人コミュニティーや在日クルド人家庭の内部で生じた世代間ギャップによる相互理解の不足が、外部へ波及した結果と考えて、不自然ではありません。

在日クルド人コミュニティ―と日本社会に共通する家庭内不和が引き起こしたトラブル
在日クルド人コミュニティーが直面する問題は、日本社会においても同様です。家族間や親子で関係が良好でなければ、子供は家庭から離れざるを得ず、外部で様々なトラブルに関与するようになります。これは、度々報道される「トー横キッズ」などが典型例でしょう。
家庭環境の悪化要因については、在日クルド人が移民をめぐる世代間ギャップに悩まされている点で、日本人と異なります。ただ、家庭環境に恵まれない一部の未成年や若年層が犯罪へ関与している点では、在日クルド人も日本人も同じであると理解する必要があります。
トラブルを起こしたのが在日クルド人だからといって、これはあくまでも偶然に過ぎず、他の在日外国人であっても同様の現象が起こっても不自然ではありません。決して在日クルド人自体が危険な民族ということにはなりません。
以 上



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