2025年05月:印パ武力衝突の裏で生じるスパイ合戦:元スパイが読む「シンドール作戦」──インドRAW対パキスタンISI、暗闘する南アジア諜報戦とは?

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元スパイが読む「シンドール作戦」──インドRAW対パキスタンISI、暗闘する南アジア諜報戦とは?(SPY-NE033)

インドとパキスタンの間で軍事衝突が発生

 2025年5月6日から7日未明(現地時間)にかけて、インドは「シンドール作戦」と称し、パキスタンおよびパキスタンが実効支配するカシミール地域の9か所を標的に、ミサイル及びドローンによる攻撃を行いました。

 攻撃対象は、テロリストの拠点とされ、インド政府は「パキスタン政府の正規軍事施設が対象外である」と説明しています。

 このインド側の軍事行動に対し、パキスタン軍は即座に反応。インド北西部の複数の軍事施設に対し報復攻撃を実施し、両国は軍事的応酬に突入しました。攻撃には、両国とも無人機や精密誘導ミサイルなどを用いており、事態は急速にエスカレートしました。

 5月10日、両国は一時的な停戦に合意しましたが、その後も両者は互いに「停戦違反」を非難し合い、カシミール地方を中心とした国境地帯では、依然として緊張が続いています。

軍事衝突のきっかけはインド・パキスタン国境でのテロ事件

 今回の軍事衝突の発端となったのは、2025年4月22日に発生したテロ事件です。場所は、インド・パキスタン国境に近いカシミール地方、インド実効支配地域の観光地パハルガム

 この事件では、インド人観光客を中心に少なくとも26人が死亡し、数十人が負傷しました。インド政府は、パキスタン国内を拠点とするイスラム過激派武装勢力が関与したと断定し、激しく非難しました。

 インドのナレンドラ・モディ首相は、「テロリストとその支援者を地の果てまで追い詰める」と強硬な姿勢を鮮明にし、軍事行動に踏み切る正当性を国民と国際社会に訴えました。

 一方のパキスタン側は、このテロ事件への関与を強く否定。インドの主張は「根拠のないもの」であり、「自国の内政問題から目をそらすための責任転嫁だ」と反発を強めています。

インドとパキスタンが領有をめぐって争うカシミール地方

 インドとパキスタンの軍事衝突は、両国が核兵器を保有しているという事実ゆえに、瞬く間に世界中を緊張させました。「このままでは核の応酬に発展しかねない」との懸念が国際社会で急速に広がり、一時は第三次世界大戦の引き金になるのでは、との声も囁かれました。

 こうした状況の中、2025年5月10日、インドとパキスタンは、米国の仲介を通じて停戦に合意したことが両国政府から正式に発表され、事態はようやく沈静化の兆しを見せ始めました。

 とはいえ、停戦合意後も小規模な銃撃や爆発が報告されており、緊張は依然として高い水準にあります。表面的な「平穏」の背後には、火種がくすぶり続けているのが現実です。

 インドとパキスタンの間には、根深い領土問題が存在します。特にカシミール地方の領有権をめぐる対立は、両国関係の最大の火種となってきました。

 1947年、インドとパキスタンが英国から独立した後、カシミール地方は、両国によって分割され、それぞれの実効支配地域となりました。この地域は以来、幾度となく軍事衝突の舞台となり、互いに相手の支配地域に対する攻撃を行ってきた歴史があります。

 記憶に新しいのは、2019年にインド実効支配地域で発生した爆弾テロ事件です。この事件では、インドの準軍事部隊「中央予備警察部隊」(CRPF)の隊員40人以上が犠牲となりました。インド政府はこの攻撃を、パキスタンを拠点とする過激派組織「ムハンマド軍」(JEM)の犯行と断定。

 その報復として、インド空軍がパキスタン領内を空爆するという事態に発展しました。これは、1971年の第三次印パ戦争以来となる“越境攻撃”であり、国際社会にも大きな衝撃を与えました。このように、インドとパキスタンの間では、軍事的エスカレーションがいつ再燃しても不思議ではない状況が続いているのです。

両国の緊張状態の水面下で交わされる諜報戦

 インドとパキスタンの対立は、独立以来すでに半世紀以上にわたって続いており、その火種は、軍事衝突や戦争の形で表面化するだけではありません。両国の間では、水面下で激しい「スパイ活動」──すなわち「諜報戦」が常時展開されており、その最前線のひとつが、やはりカシミール地方なのです。

 今回の「シンドール作戦」も、こうした見えざる戦いの延長線上にあると考えるべきでしょう。背景を読み解くうえで、諜報戦の存在に注目することが不可欠です。

 この諜報戦の中核を担っているのが、両国の対外諜報機関です。インド側は「研究・分析局」(RAW)、そしてパキスタン側は「軍統合情報局」(ISI)です。

 両機関ともに西側諸国の情報機関からも一定の評価を受けるほどの実力を持ち、長年にわたり南アジア地域でライバル関係を築いてきました。情報収集だけでなく、心理戦・偽情報・密輸・サイバー攻撃に至るまで、ハイブリッドな手法を駆使し、国家戦略の一部として活動しています。

インド対外諜報機関「研究・分析局」(Research and Analysis Wing:RAW)

 インドの対外諜報機関である研究・分析局(RAW)は、もともと内務省傘下の情報部門として設置されていました。しかし、その性格が大きく転換する契機となったのが、1962年の中印国境紛争です。

 この戦争を通じて、中国に関する正確かつ迅速な情報収集の必要性が痛感され、RAWは次第に本格的な対外諜報機関としての役割を担うようになります。さらに1965年の第二次印パ戦争では、パキスタンに関する戦略的な情報の重要性が浮き彫りとなり、ついに1968年、独立した機関として正式に創設されました。

 このような経緯を背景に、RAWは発足当初から一貫して、中国とパキスタンという2つの隣国を“仮想敵国”とみなした対外諜報活動を展開してきました。軍事・外交・経済・テロ対策といった多方面にわたる情報収集を担い、現在では、インド国家の安全保障における中核機関のひとつと位置づけられています。

創設直後から西側情報機関と連携

 インドは、1947年に独立して国家としての歴史が浅く、情報収集や諜報活動に関する十分なスキルや経験を持っていませんでした。そのため、対外諜報機関の創設にあたっては、イスラエルの諜報特務庁「モサド」及び米国の中央情報局(CIA)との連携が極めて重要な役割を果たしました。

 特に、モサドは、パキスタンが、リビアやイランなど反イスラエル的なイスラム諸国と情報面で連携していたことを重大な脅威と見なし、それに対抗するため、非イスラム圏であるインドに接近します。当時、イスラエルとインドは、正式な国交を樹立していませんでしたが、米国を介した外交ルートを通じて、インドのRAWとの間に実務的な情報協力関係が築かれました。

 こうした連携では、モサドやCIAが培ってきたノウハウや訓練手法、技術的知見がRAWに共有され、インドの対外諜報機関としての基礎を形作る助けとなりました。

 現在に至るまで、モサドとRAWは協力関係を維持しており、これがRAWを世界水準の諜報機関へと成長させる一因となっています。

パキスタン対外諜報機関「軍統合情報局」(Inter-Services Intelligence:ISI)

 パキスタンの対外諜報機関である軍統合情報局(ISI)の創設は、1947年にパキスタンが独立したことに端を発します。独立当初、パキスタンは旧英領インド帝国の情報部門の一部を引き継ぎましたが、その体制は断片的で、組織としての統合がなされていませんでした。

 同年に勃発した第一次印パ戦争では、軍事行動に必要な情報収集や分析が不十分であったことが明らかとなり、国家安全保障上の課題として認識されるようになります。これを受け、翌1948年には、陸軍・海軍・空軍に分かれていた情報部門を統合し、より効率的かつ戦略的な情報活動を行う機関として正式に設立されました。

 以来、ISIは、インドを“仮想敵国”とする対外諜報活動の中核を担う組織として機能し、インドの研究・分析局(RAW)との間で、南アジアにおける熾烈な情報戦を長年にわたり展開してきました。この対立構造は、単なる軍事衝突を超えた諜報戦争の歴史的文脈として、現在の地域情勢にも影響を及ぼしています。

アフガニスタンでタリバンの「創設」を支援

 軍統合情報局(ISI)は、軍の直轄下にある軍事情報機関です。この点で、非軍人による文民組織が主流となっている世界の多くの諜報機関とは異なる、極めて特異な存在と言えます。

 その背景には、インドとの対立構造の中で、軍および情報機関に国家安全保障の全域に及ぶ強大な権限が与えられてきた歴史があります。こうして政府からの監督を受けにくくなったISIは、やがてその権限を軍事や諜報の枠を超えて、政治・経済・外交分野にまで拡大。国内における意思決定に強い影響力を持つようになり、「国家の中の国家」と称されるまでの存在となりました。

 このような権限を利用し、ISIは、アフガニスタンやカシミール地方などの紛争地帯において、イスラム武装勢力の育成・支援を行ってきました。資金提供、武器・弾薬の供与、訓練支援などを通じ、インドに対する非対称的な戦略として諜報工作を展開しています。

 たとえば、1990年代にアフガニスタンで勢力を拡大した「タリバン」は、パキスタン国内のイスラム神学校出身者を中心に構成されており、ISIの支援と影響を強く受けて成長した組織です。創設当初からISIはタリバンに対して資金や兵器、戦略支援を提供し、現在に至るまでその背後で影響力を保持し続けています。

 このように、ISIは単なる対外諜報機関ではなく、パキスタンの対外政策や地域戦略に深く関与する実力機関として、現在も大きな影響力を持ち続けているのです。

 カシミール地方における対インド工作の一環として、軍統合情報局(ISI)が支援してきたとされるイスラム武装勢力の中で、特に注目されているのが「ラシュカレ・タイバ」(LET)です。

 この組織は、国際社会においてしばしば「ISIの代理人」と見なされており、インドの実効支配地域や本土に対するテロ攻撃を、ISIの指示・支援のもとで実行してきたと広く疑われています。

 象徴的な事件が、2008年11月に発生した「ムンバイ同時多発テロ事件」です。インドの商業都市ムンバイにおいて、高級ホテル、鉄道駅、ユダヤ教施設などが襲撃され、160人以上が死亡、300人以上が負傷しました。この事件の背後に、LETの関与が指摘され、実行犯の一部がパキスタンからの武装要員であることが明らかとなりました。

 さらに、カシミール地方のインド実効支配地域では、これまでに多数の小規模テロ事件が発生しており、その多くでLETの関与が疑われてきました。

 LETのほかにも、「ムハンマド軍」(JEM)など、同様にISIの影響下にあるとされる複数の武装勢力が活動しており、これらが地域不安定化の要因となっています。これにより、ISIによる対外諜報・工作活動の広範さと組織力の一端が浮き彫りとなっています。

 もっとも、パキスタン政府は一貫してこれらの疑惑を全面否定しており、事件が起こるたびに、インド政府と非難の応酬が繰り返されているのが実情です。

ISIによるカシミール地方でインド攻撃を展開した諜報戦

 カシミール地方では、これまでにも複数の重大な紛争・テロ事件が発生しています。特に知られているのが、以下の3件です。

①1999年:カルギル紛争

②2016年:ウリ・テロ事件

③2019年:プルワマ事件

 いずれも、パキスタン側の実効支配地域から、インド側への武力侵入またはテロ攻撃が発端となっています。

 これらの事件では、ラシュカレ・タイバ(LET)やムハンマド軍(JEM)といったイスラム武装勢力の関与が指摘されています。これら組織は、地元カシミールに根を張る一方で、軍統合情報局(ISI)の影響下にあるとされており、インド側の治安部隊を標的とした攻撃を繰り返してきました。

 こうした攻撃の背景には、ISIが武装勢力を代理として用い、インドのカシミール地域における影響力を削ぐことを狙った諜報工作があるとみられています。 実際、ISIの対インド戦略は、正規軍による正面衝突ではなく、「影響下にある武装勢力を通じた代理攻撃」を基本方針としてきました。これにより、パキスタン政府としての関与を曖昧にしつつ、継続的にインドへの圧力を加える構図が形成されてきたのです。

RAWによるパキスタンへの報復のための諜報戦

 RAWは、ISIのように「国家の中の国家」と呼ばれるほどの強大な権限は持っていません。また、カシミール地方で独自の武装勢力を設立し、代理戦争を仕掛けるような大規模な諜報工作にも消極的です。

 しかし、その代わりに、パキスタン国内で政府に反抗する既存の武装勢力に接近し、支援を行うという形で対抗しています。具体的には、資金の提供や武器・弾薬の供与、さらには戦闘員の訓練などを通じて、間接的にパキスタン政府を揺さぶる活動を展開しています。

 パキスタンの民族構成を見ると、多数派であるパンジャブ人が人口の過半数を占める一方で、少数民族としてシンド人やバローチ人が存在します。特に、バローチ人が居住するバロチスタン州は、国土の約40%を占め、豊富な地下資源を有しながらも中央政府からの搾取に苦しんでいる地域です。

 このような状況に不満を持ったバローチ人による分離独立を目指す武装勢力がいくつか存在しており、RAWはこれらの勢力と接触し、支援を行っているとされています。このように、RAWの諜報工作は、ISIによるカシミールでの活動に対する「報復」として、パキスタン国内の不安定化を狙う間接的戦略を採っているのです。

今回の「シンドール作戦」に至るまでの両機関の諜報活動

 こうして、RAWとISIによる水面下の諜報戦は今も続いています。近年になって、その応酬は一段と熾烈さを増しており、特に激しくなったのが「暗殺」です。

 きっかけは、2021年以降に相次いで発生した、パキスタン軍や治安機関の関係者を狙った暗殺事件でした。これらの事件は、パキスタン国内に潜伏するRAWの工作員によるものとみられており、ISIがカシミール地方で行ってきた代理攻撃への新たな「報復」と考えられています。

 RAWは、これらの行動を通じて、これまで以上に明確に“報復の意思”を示し始めているといえるでしょう。このように、両国の諜報戦は、表に出る戦争ではなくとも、命を懸けた静かな戦いとして今も続いているのです。

 こうした流れの中で、2025年4月22日、インドの実効支配下にあるカシミール地方・パハルガムで、悲惨なテロ事件が発生しました。美しい風景が広がるこの観光地を訪れていた多くの民間人が犠牲となり、現地のみならず国際社会にも大きな衝撃を与えました。

 これまで、カシミール地方のISIによる代理攻撃の多くは、インド側の治安部隊を標的としたものでした。民間人を直接狙ったケースは稀であり、今回の事件は異例といえます。

 事件の背後には、ISIの影響下にある武装勢力が関与していたとされており、その点では過去のパターンと共通しています。しかし、民間人を標的とした点において、従来の攻撃とは一線を画しています。

 2021年以降、RAWによる報復的な暗殺工作が相次いでおり、こうした一連の動きに対して、ISIは強い反発と復讐心を抱いていたとみられます。今回のテロ事件は、そうした復讐心の現れであり、RAWの工作活動に対する「再報復」であった可能性があります。  

 このように、単なるテロ事件に見える出来事の背後には、印パ両国の諜報戦による深く複雑な報復の連鎖が潜んでいます。

報復し合う諜報戦を要因とした軍事衝突への発展

 両国の暗闘は、2025年5月になって、ついに軍事衝突に発展しました。発端は、インドがパキスタンに対して軍事攻撃を実施したことにあります。これに対し、パキスタンも報復攻撃を行い、両国間で激しい応酬が展開されました。

 インドにとって、カシミール地方の自国実効支配地域で民間人が無差別にテロ攻撃を受けたという事実は、単なる治安問題では済まされません。国家の主権と領土支配の正当性そのものを揺るがす挑戦と映りました。これは、領土問題を巡る明確な「武力介入」と見なされてもおかしくない事態です。

 こうした状況を受けて、インドは「シンドール作戦」と名付けた軍事行動を展開。二度と同様の攻撃を許容しないという強い姿勢を内外に示しました。

 一方のパキスタンにとっても、インドによる一方的な軍事攻撃を黙認するわけにはいきませんでした。国家の威信と主権を守るため、軍事的反撃という形で対応せざるを得ず、結果として両国は軍事衝突という局面に突入していったのです。

 この一連の流れは、単なる偶発的な衝突ではなく、むしろ2021年以降に激化してきた両国の諜報戦の延長線上にあるものです。RAWとISIによる報復の連鎖は、もはや水面下に収まらず、軍事力を用いた「可視的な」対立にまで発展してしまったということです。

 見方を変えれば、これは単なる衝突ではなく、両国が積もりに積もった復讐心に「ガス抜き」を行った結果とも言えるでしょう。つまり、計画的かつ意図的に軍事行動へと踏み出した可能性すら否定できないのです。

今後も水面下では諜報戦が続く

 今回の軍事衝突によって、2021年以降に積み重なってきたインドとパキスタン双方の「諜報戦」における復讐心は、ひとまず「ガス抜き」されたと考えられます。しかし、両国の間には依然としてカシミール地方の領有権問題が横たわっており、根本的な対立の構図は変わっていません。

 そのため、今後も両国の対外諜報機関――すなわちインドのRAWとパキスタンのISIによる諜報戦は継続していくと見られます。

 今回インドが実施した「シンドール作戦」は、いわゆる「戦争」のように見えるかもしれませんが、その本質は異なります。これは、諜報戦でどちらが優位に立つかを軍事的手段によって「可視化」しようとした試みに他なりません。つまり、真の戦いはあくまでも水面下――諜報戦で繰り広げられているのです。

 このように、「見えない戦争」(諜報戦)が「見える戦争」(軍事衝突)という形をとることで、印パ両国の力関係や意思表示が世界に対して示されたとも言えるでしょう。そして今後も、こうした諜報戦は、両国の核保有という事情を巻き込んで、南アジア地域全体、さらには国際社会の安定にも少なからぬ影響を及ぼし続けることになりそうです。

以 上

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