2025年03月:スパイのやらかし不祥事列伝:時に暴走と不祥事をやらかすスパイの逃れられない構造とは?

スパイニュース解説記事

時に暴走と不祥事をやらかすスパイの逃れられない構造とは?(SPY-NE023)

白日の下に晒されるスパイの数々の不祥事

 皆さんは、「スパイ」と聞いてどのようなイメージを持たれるでしょうか。おそらく、その存在は非現実的であり、関わることはないでしょう。

 しかし、スパイの存在が公の場で明らかにされる場合があります。典型例の一つとしては、「スパイ活動」に端を発する不祥事の報道ニュースです。日本の「情報機関」とされる政府機関では、過去にこうした不祥事が報じられてきました。

 例えば、公安調査庁では、2001年に発生した「九州南西海域工作船事件」で、職員が関与していた疑いが浮上しました。同事件は、北朝鮮籍の不審船が東シナ海の奄美大島沖で発見され、海上保安庁の巡視船と交戦して沈没したものです。沈没した工作船の現場検証で、遺留物の携帯電話から、公安調査庁職員のものとみられる通信履歴が発見されました。

 内閣情報調査室では、2007年に発生した「ベラノフ事件」で、職員がロシア大使館員に情報漏洩していたことが明るみになりました。

 公安警察では、2010年に発生した「国際テロ捜査情報流出事件」で、個人情報を含む内部文書がインターネット上に流出しました。中には、在日イスラム教徒を国際テロの予備軍とみなす内容のものも含まれていました。
 2020年には「大川原化工機事件」で、生物兵器への転用が可能な機材を輸出したとして、外為法違反などで逮捕者が出ましたが、後に不起訴処分となり、民事訴訟では違法捜査が指摘されました(係争中)。

 こうして不祥事が生じる度に、国民からは批判の声が上がります。なぜ、こうした不祥事は無くならないのでしょうか。

 背景には、スパイという情報を取り扱う仕事にまつわる特殊な構造と事情が存在します。

商品でもサービスでもなく情報を取り扱うスパイという仕事

 一口にスパイと言っても、その仕事は商品でもサービスでもなく、情報という目に見えず、触れることもできないものを取り扱う点で非常に特殊です。歴史的に見ても、人間社会で最も古い職業の一つに数えられ、紀元前から現代に至るまで、その特殊性は変わっていません。

 高度な情報化社会が成立した現代においては、情報と言っても、電子情報、通信情報、音声情報、画像情報など多様化していますが、スパイが取り扱う情報の種類も変わっていません。それは、人から人へ伝わる人的情報(ヒューミント)であり、分かりやすく言ってしまうと「口コミ」に当たります。

 科学技術が発展して情報が高度かつ多様化しても、情報を分析して利用する主体が人間である以上、人的情報の入手こそ、スパイにとって最大の任務となります。人間社会が存続する限り、スパイは、人間を相手にして、商品でもサービスでもない情報をやり取りするでしょう。

高度な情報がもたらす巨大な功績と影響力

 目に見えず、触れることもできない情報が、人間社会で歴史的に重宝されてきたことには理由があります。最大の理由としては、情報の入手こそ戦争に勝つために不可欠なためです。

 紀元前の古代においては、ペルシャ王国がギリシャ諸都市に侵攻した際、「斥候」(せっこう)と呼ばれる軍事部隊のスパイを派遣し、ギリシャ軍の敵情を探ったとされます。後に、「サラミス海戦」というペルシャとギリシャの雌雄を決する戦いが行われますが、ここでも、ペルシャがギリシャにスパイを送り込んだとされます。ペルシャ軍は、ギリシャ軍を上回る兵力を有しながらも、戦闘開始前で敵情を探るスパイ活動を欠かしませんでした。

 近代に入ると、こうしたスパイ活動はより重要視されます。特に、二度の世界大戦が行われるなど、戦争の規模が世界全体に拡大します。世界大戦の勝利は、世界全体に覇権を唱えることができる格好の機会であり、戦争勝つための高度情報は、不可欠かつ最重要なものになります。世界各国は、国家の予算、権限そして人員を動員してスパイ活動を組織化し、世界中にスパイを送り込むことで、高度情報の入手を目指すようになります。

 こうしてスパイの仕事は時に、巨大な国家的功績に結びつき、世界中に影響を与えかねない異次元レベルに到達しました。

 二度の大戦を経て、平和の尊さが語られる時代になっても、スパイ活動の必要性は本質的に変わりません。東西冷戦が終結した1990年代以降、核兵器を含む武力戦争の発生が遠のくと、世界各国は、経済的な権益を入手する経済戦争へ国際対立の軸足を移しました。「経済スパイ」という用語も登場し、例えば、米国では1996年に「経済スパイ法」が制定されています。日本においても、2022年に経済安全保障法制という形で、「経済スパイ」に対する対策が図られています。

 「経済スパイ活動」は現在、スパイ活動の主流を占めています。

スパイの世界は役人らしからぬ極端な出来高制

 スパイは、高度情報を入手することで、組織内部で功績が認められ、出世が約束されます。出世と言っても、近代国家のスパイはそもそも、役所で事務作業する公務員と同様であり、採用時点で承認の目安が決まります。

 例えば、日本の国家公務員の場合、採用試験が総合職、専門職そして一般職の3つに区分され、「キャリア」と呼ばれる総合職の採用者は原則、中央省庁幹部までの昇任が約束されています。中には、「指定職」という国家公務員全体の約0.3%しか存在しない最高幹部に昇任する者もいます。
 一方、「ノンキャリア」と呼ばれる一般職と専門職の採用者は原則、地方出先機関の中堅幹部までしか昇任できず、「指定職」はありません。

 「情報機関」においても同様であり、キャリア採用者は、基本的に本部の管理部門や分析部門に配属されて幹部へ昇任します。ノンキャリア採用者は原則、地方機関の現場部門に配属されて、そのまま中堅幹部になります。スパイと言えば、通常は、現場部門に所属するノンキャリア採用者を指します。

 しかし、高度情報を入手することで、国益に影響を及ぼすほど巨大な功績が認められた場合、こうした昇任目安は必ずしも適用されません。スパイを雇用する「情報機関」は、功績に相応する組織的な見返りが必要となります。与えなければ、スパイの士気が低下して、高度情報が入手できなくなります。

 故に、国家公務員の制度の範囲内で、可能な限り高い地位と高給が与えられます。国家公務員には、「任用替え」という制度があり、これは端的に言えば、ノンキャリアからキャリアへ切り替えることです。

 スパイの大半は、ノンキャリア採用であり、任用替えされることでキャリアの待遇を与えられて、中央省庁幹部への昇任が約束されます。「情報機関」の「指定職」には、高卒ノンキャリアの採用者が存在する場合もあります。東大卒キャリアですら必ずしも約束されない最高幹部になれる待遇こそが、スパイの巨大な功績が引き起こす制度的な歪みです。

功績をめぐって繰り返されるスパイの熾烈な内部対立

 こうなると、スパイは、高度情報の入手を求めてモチベーションを高めるほかありません。「情報機関」にとっても、スパイたちに高度情報を入手してもらい、これを政府首脳と政府各省の施策に情報貢献しなければ、予算と人員と権限を縮小されかねません。実際に、東西冷戦の終結後の1990年代では、世界各国で「情報機関」が縮小されています。

 これは、スパイの間で熾烈な競争が展開されることを意味します。高度情報と言っても、どこかに落ちている性質のものではなく、敵対国、敵対組織そして敵対者の中のごく一部に存在するものです。つまり、高度情報の入手に向けたターゲットは、少数かつ限定的とならざるを得ず、そこに至るためのルートも限られます。

 例えば、日本にとっては、中国、ロシアそして北朝鮮が潜在的な敵対国家として候補に挙がります。これらの国の政府首脳レベルにしか所持していない情報こそ、典型的な高度情報となりますが、当然のように人数的に限られてきます。人数的に限られる以上、何らかの形で接触するためのルートやターゲットも限られるはずです。

 こうなると、スパイたちは、限定的なターゲットに我先にと言わんばかりに殺到し、競争せざるを得ません。こうしてスパイたちの間で内部対立が生じるようになります。

対立激化がもたらしかねないスパイの暴走

 内部対立が激化すると、高度情報の入手に向けて直走るスパイ同士で、足の引っ張り合いが生じます。

 スパイはそもそも、他のスパイが何をしているのかを互いに知ってはならないという不文律が存在します。知ってしまうと、どのスパイがどのような情報源からどのような情報を入手しているかが分かるためです。スパイにとって、情報源やその入手情報は、最優先で秘密にすべきであり、たとえ組織内部や同僚同士であっても知れてはいけないのです。知れてしまった場合、情報漏洩という致命的なリスクを背負うことになるためです。

 一見、スパイ同士の足の引っ張り合いが生じることはなさそうです。同僚の足を引っ張ろうにも、何をしているのかが分からないのであれば、やりようがありません。

 しかし、そこは情報のプロだけあって、職場における同僚の言動、同僚と上司の会話内容、同僚が作成した書類などから、情報源や入手情報がある程度推測できてしまいます。高度情報の入手に近づいたスパイに対し、周囲のスパイたちがそれを阻止しようとします。最悪の場合、情報源の存在を周囲に暴露したり、入手情報を外部へ漏洩するなど手段を選びません

 情報源の暴露とは、情報源が所属する組織や周囲の人間関係に対し、誰がスパイかを通報することです。情報源は、所属する組織や周囲の人間関係から情報を抜き取って、スパイに提供しているわけですから、こうした行為が明らかになってしまうと、情報源として役に立たなくなります。

 入手情報の外部漏洩も同じく、情報源の暴露につながるため、ここに至ってはスパイの暴走と言ってよいでしょう。

暴走によって明らかになるスパイの不祥事

 スパイの究極目標が高度情報の入手であるならば、入手に向けたターゲット、手法、ルート、プロセスなどであらゆる非常識と付き合うことになります。身分を偽装するためには、あらゆる嘘をつくことも必要であり、嘘で満たされた日常となります。時には、法律やルールや倫理すら軽視し、違法ギリギリのことすらやります。「蛇の道は蛇」というように、高度情報を入手するためには、社会の暗部というべき部分に立ち入ることも必要です。

 常識的なアプローチで高度情報が入手できるならば、スパイの仕事に苦労は存在しません

 こうした中で足の引っ張り合いが生じると、蹴落としたいスパイ自身の「後ろめたい部分」「非常識な部分」を内部通報したり、外部告発することすら生じます。高度情報を入手できるスパイほど、後ろめたい部分を有して、非常識なアプローチを繰り返してきたためです。

 結果的に、これが「情報機関」の内部で問題視されたり、外部のマスメディアに漏れることで、不祥事として世間に露呈します。

暴走による不祥事を経験してきた日本の「情報機関」

 スパイを雇用する「情報機関」にとっては、度重なる不祥事と向き合うほかありません。「情報機関」は、政府首脳から、戦争に勝つために必要な高度情報が常に求められています。故に、高度情報を入手するスパイの働きに期待するほかなく、優秀なスパイを一人でも多く揃えなければなりません。

 そして、高度情報を入手する優秀なスパイほど、非常識極まりない情報収集を繰り返し、時には暴走して不祥事に発展することも認識しています。それでも、戦争に勝利し得る高度情報の入手というリターンを考慮すれば、暴走による不祥事の発覚というリスクは受け入れるほかありません。

 冒頭で紹介した「情報機関」で明るみに出た不祥事は、こうしたリスクを受け入れることで、起きるべくして起きた結果に過ぎません。内閣情報調査室も公安警察も公安調査庁も、数々の不祥事に直面しつつ、これまで政府に対して少なからず情報貢献してきたのです。逆に、不祥事を起こさない「情報機関」があるとすれば、それは本当の意味で「役立たずの税金泥棒」ということです。

暴走による不祥事が表面化してしまう公安警察

 「情報機関」が避けて通れない不祥事ですが、日本の「情報機関」の一つに数えられる公安警察の場合、他と事情が若干異なります。

 世界標準で言えば、「情報機関」とは、あくまでも任意調査が原則であり、例えば、米国の情報機関である中央情報局(CIA)には、強制権限が認められていません。逮捕等の強制権限が求められる政府機関は一般的に、「法執行機関」に当たり、警察はその代表格です。

 しかし、公安警察は、任意捜査を基本として情報収集に当たる「情報機関」であるとともに、強制権限を行使する「法執行機関」でもあります。つまり、純然たる「情報機関」に該当しないのが特徴です。

 故に、公安警察の場合は、収集された情報に基づいて、関係者を逮捕して訴訟手続きが行われることがあります。訴訟である以上、証拠となる情報が必要であり、その証拠能力が検察官や裁判官によって調べられます。つまり、スパイが集めた情報が外部の第三者によって精査されることを意味します。

 スパイ特有の熾烈な競争や足の引っ張り合いが生じる中で、収集された情報です。時には、情報の出所が不明であったり、信ぴょう性が曖昧であったり、不正確であったとしても、功績を上げようと焦るスパイの中には、あたかも高度情報を入手したとして報告する者もいます。

 内閣情報調査室公安調査庁は、「情報機関」として任意調査しか認められていません。収集された情報は、基本的に政府へ報告されるため、訴訟手続きに至ることは原則としてありません。結果的に、情報内容が外部の第三者に精査される機会がなく、不祥事として露呈しづらい一面があります。

 しかし、公安警察は強制権限の行使によって、外部の第三者から情報を精査される機会があります。その際に、疑問点が指摘されてしまうと、信ぴょう性の低い情報を証拠として不当に権限行使したとして、世間に明るみに出てしまうのです。

不祥事は目立つが功績は目立たないというスパイ稼業の悲哀

 スパイは、不祥事においてのみ世間の注目を浴びてしまいますが、その裏側では、数々の高度情報を入手して国家と国民の利益に多大に貢献してきました。ただ、こうした功績は、不祥事と異なり、明らかにされることはありません。結果として、功績は一切認められず、不祥事で批判されるばかりという悲哀に満ちています。

 最後に、スパイエンタメで知られる「スパイファミリー」のアニメ版第01話冒頭の一節を紹介します。一流のスパイである主人公の黄昏(たそがれ)はある日、本部の上司から次のような暗号電文を受領します。ここにスパイの悲哀と本質が端的に表現されています。

 「影なき英雄よ。君たちエージェントの活躍が日の目を見ることはない」、「勲章もなく新聞の片隅に載ることもない」、「だがそれでも」、「その骸の上に人々の日常が成り立っていることを忘れるな」

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用

以 上

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