日本は中国との関係上でタリバンをアルカイダと手を結んだテロ組織とみなすべきか?(SPY-NE022)
タリバン政権関係者の復権以来初めてとなる来日
報道によれば、2025年2月に、アフガニスタンを実効支配するタリバン政権の幹部が、2021年の復権後初めて来日しました。来日したのは、タリバン暫定政権のナザリ副経済相らであり、民間シンクタンクの笹川平和財団や日本財団などから招かれました。
タリバン幹部一行は、2月16日に日本に到着すると、18日には、外務省幹部の中東アフリカ局長(アフガニスタン問題担当特使)と面会しました。日本政府は、タリバン政権を政府承認していないものの、アフガニスタンの首都カブールでは、日本大使館が業務を継続しています。
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タリバン政権関係者が来日することはこれが初めてではありません。2012年6月には、同志社大学で開かれたアフガニスタンに関する国際会議に、旧タリバン政権下でパキスタン大使を務めたザイーフ氏が出席しました。当時は、アフガニスタンが米軍主導の駐留外国軍の統治下にあり、米国政府やアフガニスタン政府と対立する反政府武装勢力のタリバンから、関係者が来日したわけです。しかし、今回ほど大きな話題にはなりませんでした。
10年以上前と比べて、タリバン関係者の来日への注目度が異なっていますが、タリバンとは、「テロ組織」なのでしょうか。それとも、アフガニスタンを統治する「政府」なのでしょうか。

東西冷戦後にアフガニスタンで誕生したイスラム原理主義政権
そもそも、タリバンとはどのような組織でしょうか。発祥となったのは、1994年に、アラビア語で「神学校」と呼ばれるマドラサで始まった学生運動とされます。学生は、アフガニスタン主要言語のパシュトゥー語で「ターリブ」と呼ばれ、学生が集まった運動であったため、複数形で「タリバーン」又は「ターリバーン」と発音されました。日本語では、一般的に「タリバン」と表記されます。
東西冷戦中は、1979年に、ソ連がアフガニスタンに侵攻して以降、アフガニスタンは、東西陣営の紛争下になり、国土全体が荒廃しました。1989年にソ連が撤退し、東西冷戦が終結して以降は、「軍閥」と呼ばれる武装勢力が入り乱れて、平和と安定にほど遠い状況でした。
こうした中、マドラサでイスラム原理主義を学んだ学生たちは、アフガニスタン統一に向けて立ち上がりました。タリバンを率いたのは、国内最大部族であるパシュトゥーン人のムッラー・オマルであり、彼らは、国土の大半を統一すると、1996年に「アフガニスタン・イスラム首長国」の建国を宣言しました。この名称は、タリバンが、アフガニスタンの正式国名として使用しています。

米国同時多発テロで一躍注目を浴びたタリバン
タリバンは、軍閥によって世俗化したアフガニスタンにイスラム原理主義の再興を目指しました。イスラム教を創始した預言者ムハンマドの教えを遵守するため、あたかもムハンマドが生きた時代の生活を再現しようとします。
例えば、男性は長い髭を伸ばすよう命じられます。女性は、公共の場で「ブルカ」と呼ばれる長衣などをまとい、常に男性と同伴することが義務付けられます。

「ブルカ」とは、頭から足の爪先までの長衣であり、目元部分すら網で覆われ、外見からは人体の肌やシルエットが完全に隠れる形状です。
イスラム教では、女性の肌や髪を隠すよう求められていますが、隠すための着衣としては、主に「ヒジャブ」、「アバヤ」、「ニカブ」そして「ブルカ」があります。イスラム諸国では、髪を隠す程度の「ヒジャブ」が一般的であり、イスラム聖地があるサウジアラビアなど湾岸諸国では、全身を隠す「アバヤ」や「ニカブ」が見受けられます。
しかし、アフガニスタンでは、「ブルカ」が普及しており、イスラム諸国の中で最も厳格なイスラム原理主義が採用されていることになります。
また、タリバンは、イスラムで禁じられた偶像崇拝に従い、国土に存在する仏像や石像を破壊します。2001年には、中部バーミヤンで巨大な仏像2体を破壊しましたが、これは、日本など世界各国で報道され、タリバンの異質性が際立ちました。
そして、同じ年の9月には、米国同時多発テロが発生し、タリバンは再び、世界から注目を集めます。

アフガニスタン戦争による米軍統治へ
米国同時多発テロの実行犯と目されたのは、オサマ・ビン・ラディン率いる国際テロ組織アルカイダです。ラディン容疑者は、ソ連のアフガニスタン侵攻で抵抗運動に加わった経緯があり、発生当時は、アフガニスタンに身を寄せていました。アルカイダは、米国同時多発テロの発生前から、米国に「ジハード」と称した武装活動を行っており、米国の追及を逃れるためにタリバンに保護を求めていたのです。
オマルらタリバン指導部は、米国からアルカイダ幹部の身柄引渡しを求められますが、客人を礼遇するというパシュトゥーン人の伝統に従い、拒否します。米国は、タリバンを、アルカイダの共犯とみなして、翌10月からアフガニスタンへの軍事攻撃を開始し、タリバン政権は崩壊します。
アフガニスタンには、米軍主導で世界各国から外国軍が派遣され、「アフガニスタン・イスラム共和国」が建国されて、経済復興を名目とした外国統治下に置かれました。

米軍撤退と同時に復権したタリバン政権
タリバンは、反政府武装勢力となり、外国軍とアフガニスタン政府へのテロ活動に着手します。米軍主導の統治下では経済復興のための支援策が行われましたが、外国人を「侵略者」とみなすアフガニスタン国民に受け入れらません。外国軍の撤退とアフガニスタン政府の打倒を目的とするタリバンのテロ活動が止むことなく、外国兵の死傷者が絶えません。20年間で、約2万人以上の外国兵が死傷しましたが、治安は一向に安定しないままでした。
世界各国では、厭戦ムードが高まり、アフガニスタン撤退が議論されるようになります。米国内ですら、国民の間で撤退論が高まり、2021年8月に、米軍を含む外国軍はアフガニスタンから全面的に撤退します。
タリバンは、撤退と同時に首都カブールに侵攻して制圧します。カブール空港から離陸する米軍機の様子は世界中で報道されましたが、これは記憶に新しいでしょう。タリバンは「アフガニスタン・イスラム首長国」を復権させ、今日に至っています。

復権前後におけるタリバンの内部変化
タリバンには、復権前後で異なる部分があります。復権前を旧政権(1996年〜2001年)、復権後を現政権(2021年〜)と区別しますと、旧政権時は、国際社会との関係を原則断絶し、交流したのは、タリバン政権を政府承認したパキスタン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)にとどめました。国連などあらゆる国際的な枠組みに参加することもありません。
国際社会から承認されなかったため、アフガニスタン政府の国連代表部は事実上存在せず、安全保障理事会からは制裁を課されたほどです。
あくまでもイスラム原理主義の再興を掲げていたため、イスラム国家ではない国との交流を認めません。これは、非イスラム国家の文化や情報がアフガニスタン国内に流入しないよう阻止した結果です。アフガニスタンを世界から隔絶して、本気で、預言者ムハンマドが生きた時代を蘇らせようとしたのです。
しかし、現政権は一転して、国際社会との交流に取り組んでいます。復権直後からは、中国やロシアとの関係構築を模索したほか、2024年6月に、カタールで開かれた国連主導のアフガニスタン関連会合に対し、初めて同会合へ代表団を派遣します。同じ年の11月には、近隣諸国のアゼルバイジャンで開かれた国連気候変動枠組条約・締約国会議(COP29)に対しても、復権前後で初めての代表団を派遣しました。
こうした流れの中で、2025年2月には、復権後で初めて政権幹部が来日しました。

復権直後からの国内経済の深刻化と内部分裂
国際交流の背景には、現政権が、復権直後から国内経済の悪化に悩まされてきたことがあります。
アフガニスタンは、世界最貧国の一つであり、人口の約60%に当たる約2400万人が飢餓に瀕しており、国際援助なくして生活できないとされます。元々は、麻薬の一種であるアヘンの世界的な産地で知られていましたが、国際的な批判を受けて禁止されており、外貨を獲得できる経済的な資源をほとんど有していません。
復権前の米軍主導の統治下では、国際援助がありましたが、復権後は、国際援助が停滞してしまい、国民の貧困は深刻化しています。国際援助の確保が不可欠であり、旧政権時のように国際社会と関係断絶することは、国家の運営上で不可能です。
こうした事情は、現政権の内部で分裂を生じさせています。

旧政権時のイスラム原理主義の再興を掲げる民族派と国際社会との融和を図る国際派
現政権の内部には、旧政権時のようにイスラム原理主義の再興を優先すべきと主張する「民族派」というグループが存在します。これは、武装路線を掲げる強硬派の間で支持されており、国際社会とは旧政権時のように断交して、アフガニスタンを世界から隔絶したイスラム原理主義国家とするよう求めています。現政権の最高指導者であるハイバトゥラ・アクンザーダ師や、タリバン内で最も強硬派とされる軍事指導者のハッカーニ内相などが主張しているとされます。
一方、旧政権時と異なってイスラム原理主義の再興をよりも国際交流による経済復興を優先すべきと主張する「国際派」というグループが存在します。これは、アフガニスタンの国内問題を国際援助で解決しようとする穏健派の間で支持されており、国際社会との宥和を求めています。復権前から政治指導者として外国との交渉を担当してきたバラダール副首相やムッタキ外相が主張しているとされます。
双方の間では、対立が生じているとみられ、復権直後に当たる2021年9月には、ハッカーニ内相とバラダール副首相との間で抗争が生じたとの報道もあります。2022年7月には、カブール市内で、当時のアルカイダ指導者であったザワヒリ容疑者が、米軍の空爆で殺害され、復権後においても、タリバンがアルカイダ幹部を匿っていたことが明らかになりました。

復権直後のタリバン政権へ急接近を図った中国とロシア
国際融和を図ろうとするタリバン現政権に対し、旧政権時には特に関与しなかった中国とロシアが急接近します。
中国は、タリバン復権直前の2021年7月に、バラダール副首相を北京に招いて会談しました。中国は、米軍撤退後にタリバンがアフガニスタンを再び統治することを念頭に、同年9月には、中国が食糧支援などを行うと発表しています。
ロシアは、タリバン復権直後にカブール市内での外交活動を再開し、復権したタリバンと早期に接触しました。カブール市内の各国大使館は、2021年8月に、タリバンのカブール侵攻に備えて次々と閉館し、国外へ避難しました。こうした中でも、ロシアは外交活動を絶やすことなく、タリバンとの接触を模索したのです。2024年12月には、タリバンに対するテロ組織の指定を解除しており、関係構築を図っています。
中国もロシアも、米国をはじめとする西側諸国が、タリバン復権に伴ってアフガニスタンと距離を置いた間隙を突くように、タリバンとの交流を本格化させました。

「一帯一路」構想を念頭に置く中国と南下政策の要衝と捉えるロシア
中国は現在、中国本土から欧州に至る「一帯一路」という統一経済圏の形成を進めています。アフガニスタンは、その経路上に位置しており、実際に、隣国パキスタンでは、中国による地下資源の開発が進められています。
アフガニスタンには、銅、鉄鉱石、天然ガス、石油、石炭など地下資源が豊富とされますが、不安定な情勢のために開発されておらず、中国にとっては「一帯一路」に組み込む有力な候補です。米軍撤退で西側諸国の関与が薄れたこともあり、組み込むに当たっては絶好の機会と言えます。
ロシアにとっては、アフガニスタンの地理的条件が帝政ロシア、旧ソ連の時代から「南下政策」における要衝です。国土の大半が氷原に覆われ、北部は冬季になると海が凍るため、世界進出するためには、南下するほか選択肢がありません。旧ソ連下には、アフガニスタンに侵攻したこともあり、アフガニスタンは常に避けて通れない経路上に位置しています。
両国とも米国など西側諸国とは犬猿の仲であり、米軍撤退によって、アフガニスタンに影響力を及ぼす余地が生じたのです。

アフガニスタン関与の引き上げに躊躇する米国
米国は、長年にわたりタリバンと対テロ戦争を交わしており、タリバン政権との関係は好ましくありません。現地大使館は2025年に入っても閉館したままであり、援助物資の大半を縮小させました。
ただ、アフガニスタンへの関与を引き上げるわけにはいきません。アフガニスタンが再び米国にテロ攻撃を目論むテロ組織の安全地帯になりかねないためです。中国やロシアがタリバンに急接近していることもあり、アフガニスタンへの影響力を失えば、テロ活動の抑制が困難になるかもしれません。
2021年10月にカタールで、復権後初めてタリバン政権と接触するなど、アフガニスタンに関与する余地を残しています。

米国に配慮しつつアフガニスタン関与への余地を残す日本
日本は米国と異なり、2022年9月から現地大使館の業務を一部再開し、翌10月には、日本大使が、治安維持の責任者であるハッカーニ内相と会談しています。ただ、米国への配慮から、タリバン政権の政府承認は見送ったままであり、関与しつつも一定の距離を取っています。
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現地大使館を米国に先んじて再開したこともあり、日本が米国以上にタリバン政権に関心を寄せていることがうかがわれます。背景には、復権後のタリバンに急接近を図る中国の存在があります。

アフガニスタン近隣のパキスタンとウズベキスタンは、中国による「一帯一路」の経路上に位置しています。特に、パキスタンでは、「中国・パキスタン経済回廊」(CPEC)という経済開発事業が進められています。南部グワダル港は、中国系企業によって40年間にわたり借り上げられており、中国経済圏の一部になりつつあります。中国は、アフガニスタンを経由してウズベキスタンまでCPECを拡大させる機会と捉えて、タリバン政権との関係構築を進めているとみられます。
日本にとっては、中国の影響力がアフガニスタンに及ぶことで「一帯一路」が拡大し、日本への経済的な圧力が強まりかねません。タリバンが中国の傀儡政権とならないようタリバンを「防波堤」と捉えて、一定レベルの影響力を保持しておく必要があります。
故に、タリバンを「テロ組織」ではなく、アフガニスタンを統治する「政府」とみなして、外交的な接触を続けているのです。

以 上



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