2025年02月:海外でのスパイ容疑注意:海外でこれをやるとスパイ容疑を掛けられて日本に戻れなくなる⁉︎

スパイニュース解説記事

海外でこれをやるとスパイ容疑を掛けられて日本に戻れなくなる⁉︎(SPY-NE021)

海外で相次いで「スパイ容疑」を掛けられる日本人

 2023年3月に、中国で、アステラス製薬の日本人社員1人が「スパイ容疑」で拘束されました。中国当局は、拘束容疑が「反スパイ法」によるものとして、2025年2月現在、解放されていません。「反スパイ法」は、2014年に制定され、2023年までの10年間で少なくとも日本人17人が「スパイ容疑」で拘束されています。

 2024年には、東欧ベラルーシで、7月に日本人1人が「スパイ容疑」で拘束され、続いて12月にも日本人1人が同じく「スパイ容疑」で拘束されました。

 日本人が海外で「スパイ容疑」で拘束されることは、2014年の中国による「反スパイ法」の制定2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降から顕著になっています。

 こうした日本人の拘束が顕著になった背景と実情は何があるのでしょうか。

海外における「スパイ容疑」トレンドの変化

 拘束理由が「スパイ容疑」である以上、背景には当然のように「スパイ活動」が存在しているはずです。「スパイ活動」とは、情報収集のネガティブな面を指した表現であり、敵対者によって情報が奪われるという意味です。

 国際社会を構成する近代国家は、二度の世界大戦を経て、情報を収集して戦争を遂行するというメカニズムを備えました。大戦後においても、国家間のスパイ活動による情報の奪い合いが水面下で続いており、スパイが拘束されること自体は必ずしも珍しくありません。世界各国は、「スパイ防止法」やこれに準じる法律によってスパイの摘発体制を整備しているからです。

 「スパイ活動」は、国際社会の対立が深まれば深まるほど活発に行われるため、東西冷戦中は、米ソ対立に伴って激化した経緯があります。東西冷戦では「核の冬」と呼ばれるほど、軍事力の拡大が争われたため、「スパイ活動」の目標はあくまでも軍事関連が対象でした。米ソを含む東西陣営は、対立陣営の軍事情報を奪おうと軍事施設の周辺や軍需企業などへスパイを送り込んだのです。

 水面下では、スパイ合戦が繰り広げられ、「スパイ容疑」で拘束されることは珍しくありません。併せてスパイの身柄交換が度々行われており、当時の「スパイ活動」の激しさがうかがわれます。

 1990年代に東西冷戦が終了し、東西陣営は軍事力の拡大から縮小へと舵を切りました。同時に、軍事情報を奪うスパイ活動の必要性も薄れ、世界各国のスパイ活動が衰退しました。「スパイ容疑」で拘束されることも急速に減少していき、世界は「スパイ容疑」で拘束される事態など忘れつつあったのです。

専門家によるスパイ活動から民間人によるスパイ活動という変化

 東西冷戦が終了して20年以上が経過すると、2014年に、中国が「反スパイ法」を制定することで、海外で「スパイ容疑」により拘束される事態が生じました。東西冷戦後の一時的な平和の中で、「スパイ活動」などと無縁であった日本人が突然、身に覚えのない容疑を掛けられて身柄を拘束されたのです。

 2014年以降に拘束された日本人は少なくとも17人に上り、その職業の内訳は、商社社員、国際交流団体関係者、製薬会社社員、研究者、地質調査会社社員など多岐にわたります。日本には、内閣情報調査室など海外情報の収集機能を有する「情報機関」がいくつかありまあすが、こうした「情報機関」に所属する職員が含まれておらず、いずれも身分を偽装しない民間人とみられます。拘束された17人のうち、何人かは日本の「情報機関」とのつながりが指摘されていますが、全員にこうしたつながりがあったとは考えられません。

 東西冷戦中には、民間人に身分偽装した情報機関のスパイが、外国に潜伏していたところを現地当局に拘束されることがありました。拘束されたのはあくまでも、情報機関に所属して職業として「スパイ活動」を行う専門家です。米ソいずれも、拘束されることを前提として専門家のスパイを互いに送り込んでおり、時には、スパイの身柄交換を行うことで、「スパイ活動」を組織的に継続していたのです。

 東西冷戦の前後で、「スパイ活動」に従事する主体が様変わりすることで、「スパイ活動」に必ずしも精通しない民間人が「スパイ容疑」で拘束されるように事態が変化しました。

日本の常識は海外の非常識

 民間人が「スパイ容疑」で拘束される背景には、情報収集という特殊技能への理解不足があります。民間人である以上、情報を扱う専門家であるスパイの知識、経験そしてノウハウに精通しているわけがありません。それどころか、いかなる言動や行動がスパイとしての情報収集に該当するおそれがあるか、など知る由もありません。

 こうした現状のまま、海外に出て立ち振る舞うわけですから、行き先が、他国の「スパイ活動」に神経を尖らせる国であれば、「スパイ容疑」を掛けられて拘束される可能性は高まらざるを得ません。他国の「スパイ活動」に対する警戒レベルは、世界情勢の変化に依存しており、特に、国際的な対立が生じることで一変します。1990年代の東西冷戦の崩壊後は、国際テロリズムの脅威が高まりましたが、国家間における顕著な対立ではありませんでした。

 しかし、2010年代に入って、中国が「一帯一路」という世界にまたがる経済的な台頭と軍事力の拡大を明らかにするとともに、2020年代にはロシアがウクライナに侵攻することで、中国とロシアをめぐる対立軸が明確になりつつあります。

 急激な情勢変化の中では、日本国内であれば常識として黙認される日本人の立ち振る舞いは、海外、特に中国やロシアの影響下にある場所で非常識に他ならず、時には「スパイ容疑」を掛けられかねないのです。

軍事施設などハードターゲットは「スパイ行為」の主目標

 日本国内では、駐留米軍や自衛隊などの軍事施設が全国各地に所在しており、これは、世界各国と同様の事情です。ただ、日本は、第二次世界大戦で敗戦国となって以来、平和憲法に基づいて軍隊と戦争を否定し、自衛隊という最小限度の戦力を保持するにとどめてきました。これに加えて、「スパイ防止法」が制定されておらず、他国のスパイ活動への抑制が不十分なため、「スパイ天国」と言われて久しいです。

 故に、日本国内では、軍事施設の周囲を徘徊して、写真や動画を撮影することに抵抗感がほとんど存在しません。こうした行為を公に咎めたり、注意喚起する言動も見受けられず、野放しになっています。むしろ敗戦以来、戦争と軍隊に対する忌避感や嫌悪感が根付いており、日本が再び戦争しないよう軍事施設を常時監視する動きすらあります。

 例えば、沖縄では、地元メディアによって米軍基地の軍用機の発着が常時撮影されており、これが報道されることもあります。

 これはあくまでも日本国内に限られた特殊事情であり、海外で同様の感覚と行動であれば、正真正銘の「スパイ行為」になりかねません。軍事施設は、その存在自体が軍事機密の集合体であり、その外観をわずか1枚でも撮影された場合、その写真から、部隊や軍事装備の配置や運用の状況、緊急対応への手順や速度や規模、関係者の施設内外の出入りの場所や手順や侵入経路の有無など、多種多様な情報を推察できるためです。

 日本と異なり、世界各国は、憲法で軍隊と戦争を否定しておらず、必要があればいつでも他国を軍事進攻できる体制を敷いています。故に、平時から戦争準備を欠かしておらず、戦争準備の舞台である軍事施設を撮影されることは、敵対行為以外の何物でもありません。「スパイ行為」として身柄を拘束し、所持品検査をして、どのような行動をして、どのような情報を入手したのかを突き止める必要があります。

交通インフラや空港・港湾インフラなどソフトターゲットも「スパイ行為」の目標

 日本国内では、道路、高速道路、鉄道、空港など交通インフラが整備されており、日常的に利用されています。こうして身近にあるだけに、その様子を撮影することはいつでも可能ですし、特に鉄道や空港は、マニアにとって撮影する格好のターゲットです。日本では、撮影という行為自体が社会的に受け入れられていると言って過言ではありません。

 しかし、交通インフラは、世界各国では時に、軍事施設に準じるものとして扱われています。例えば、道路は、戦時となれば軍用車の重要な移動経路になり、特に、重量のある戦車が通行できるかどうかが問題になります。ゴム製タイヤを装備した数トンの民間車両と異なり、重量数十トンになる金属製のキャタピラを装備した戦車にとっては、通行できる道路が限定されます。

 道路を舗装するアスファルトは通常、戦車の通行に耐えられず、世界各国では、戦時に備えて戦車の通行が可能な道路が一部整備されています。海外で無闇に道路撮影することは、例えば、戦時における戦車の移動経路について情報を収集することと同義です。

 また、高速道路は、車両が高速移動できるよう信号機を配置せず、高架橋になっていたり、カーブが少ない形状であることが一般的です。故に、高速道路は、軍用機が発着する滑走路の代替手段と想定されており、空港施設が使用不能になった場合に備えて、高速道路で発着訓練が行われています。つまり、高速道路を撮影することは、戦時における軍用機発着の代替施設について情報を収集することと同義です。

 鉄道、空港、港湾いずれも戦時には、軍用機や軍事装備の移動手段となり得るため、軍事行動の規模や範囲を推測することが可能な情報に溢れています。

 実は、我々は、潜在的な軍事情報に囲まれながら、日常生活を送っているのです。平時と戦時の違いがあるだけであり、状況次第ではあらゆる行動が「スパイ行為」となり得ます。

「スパイ行為」で地図が重要情報という意外な盲点

 日本の書店では、道路地図をはじめ様々な種類の国内地図が陳列されています。特に、縮尺2万5000分の1に至る精度の高い地図も珍しくなく、日本の国土状況が鮮明かつ詳細に把握可能です。

 現代のように監視衛星が普及するまで、世界各国では、地図が軍事情報の一つとして秘密扱いでした。地図は、国土の形状や広さを示すばかりでなく、国土全体に張り巡らされた道路や鉄道も一目瞭然であり、軍事活動はおろか政治や経済など国家のあらゆる活動を可視化する上で最適なツールです。

 故に、世界各国では、「スパイ活動」によって外国の地図情報の入手と分析が長年にわたって行われてきました。

 例えば、米国の情報機関である中央情報局(CIA)は、2017年になって、1940年代から70年間にわたり世界各地の地図を作成したと公表しました。いずれの地図も、第二次世界大戦やキューバ危機など様々な場面で用いられたとされます。「スパイ天国」と言われて久しい日本ですが、江戸末期では、外国人が国内地図を海外に持ち出したことが「スパイ行為」と問題視される事件がありました。「シーボルト事件」と言われています。歴史的には、見知らぬ外国人が各地を徘徊していると、地図を作成して国土を調査しているスパイとみなされたのです。

 監視衛星の普及によって、地図自体が秘密扱いとされなくなりましたが、監視衛星で把握できない地理情報は、引き続き秘密扱いです。2017年には、中国国内で、温泉探査のために地質調査していた日本人が相次いで「スパイ容疑」で拘束されました。地質調査された場合、例えば、地下に軍事施設を構築できるか否かという情報が推測可能です。

 また、2024年7月には、ベラルーシで日本人が「スパイ容疑」で拘束され、2025年1月に公判が行われましたが、容疑の中には、ベラルーシ・ウクライナ国境の写真撮影をしていたことが含まれています。国境沿いの地理に関する記録撮影が「スパイ行為」とみなされたのです。

 地図や地理に関する情報は、外国人が旅行する上で重要な情報ですが、取り扱い次第では「スパイ行為」となり得ます。

インターネットとスマホの普及によって到来した「全員スパイ時代」

 日本では、2000年代から、撮影機能を標準装備した携帯電話が普及し始め、誰でもどこでも写真を撮影して、ネット経由で送信できるようになりました。2010年代に入ると、スマホが普及し始め、撮影画像の精度が向上するとともに、動画撮影もできるようになりました。今や、いつでも誰でも静止画や動画を撮影して、そのデータをネット経由で世界各地へすぐに送信することができるようになったのです。

 その上で、我々は、軍事情報になりかねないインフラに囲まれて日常的に生活し、お手軽に画像や動画を撮影できるスマホを所持し、自由に撮影しています。その延長線上で海外に出かけて、現地を移動して観光し、その様子を思い思いに記録しています。

 例えば、2023年12月にベラルーシで拘束された日本人は、渡線橋など鉄道インフラを撮影していたとされます。

 こうした認識と行動の結果は、海外で「スパイ行為」を誘発しかねない要因となりました。つまり、現在ほど、海外で「スパイ容疑」を掛けられて身柄を拘束されても不自然ではない時代はありません。もはや「全員スパイ時代」が到来したと言ってよいでしょう。

日本を取り巻く国際諜報戦の現状を知る

 中国・ロシアに対する米国や日本などの西側諸国という対立軸が形成されつつある今、水面下では、かつての東西冷戦時に繰り広げられたスパイ合戦が再来しつつあります。東西冷戦時と異なるのは、「全員スパイ時代」が到来している点であり、スパイ活動の主体は、情報機関に所属する専門家のスパイから情報機関とは関係のない民間人へと移り変わりました。

 こうした現実を裏付けるように、海外で日本人が「スパイ容疑」で相次いで拘束されているのです。情報機関やスパイをめぐる日本人の常識は、海外の非常識であり、時には、公共の場所で無制限かつ無原則に撮影するという行動が「スパイ行為」にほかならないという実情を理解する必要があります。

以 上

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