日本の「情報機関」は現行の体制で国際諜報戦を戦い抜けるか?(SPY-NE020)
メディアで度々取り上げられる日本の「情報機関」
2023年10月16日付け「テレ東BIZ」では、「日本の情報・諜報機関~知られざる実力とインテリジェンス史を徹底解説」と題された動画が掲載されました。その中では、「情報・諜報機関」と併記されていますが、一般的には厳密に区別されておらず、「情報機関」と呼ばれます。
こうして日本の「情報機関」が取り上げられる報道はかねてより少なくありませんが、それはなぜでしょうか。

「情報機関」とは一体何を指すのか
そもそも、「情報機関」とは何でしょうか。「情報機関」で情報収集に当たる者は一般的に「スパイ」又は「諜報員」と呼ばれますが、スパイは、古来から人間社会に存在する職業の一つとされます。紀元前に当たる古代エジプト、古代ギリシャそして古代中国では、スパイに関する伝承が残っており、スパイは、古代中国で「間諜」と呼ばれていました。スパイによる情報収集は、今に始まったことではありません。
しかし、近代になると、古来からのスパイの知識やノウハウなどを集め、スパイ候補生を集めて組織化と教育化が行われました。これが「情報機関」の始まりです。現行の「情報機関」で最も古いとされるのは、英国の秘密情報部(MI6)であり、その源流は、第一次世界大戦前の1909年に遡ります。

18世紀から近代化が本格して以降、世界各地では近代国家が誕生し、近代社会の発展に向けた政策が必要となります。しかし、近代国家は、前近代の封建主義国家に比べて、人口や国土などの国家規模が大きくなりがちで、統治する政策も複雑かつ多数にならざるを得ません。周辺国との交流に限定された封建主義時代と異なり、世界中の国家と交流し、時には世界相手に戦争することにもなります。
近代国家の内外に関して複雑かつ多数の政策を作るためには、参考となる情報が必要となります。内政においては、人口や国土に関するものが必要であり、外政においては、他国の内情に関するものが必要となります。こうした必要情報を収集する手段として、情報収集を専門とするスパイの組織が形成されていったのです。
特に、高度な情報化社会となった現在では、政策のみならず、様々な場面で情報が必要であり、情報の優位性は高まる一方です。今や「情報機関」は不可欠と言ってよい存在です。

世界各国における「情報機関」はどのようなものか
こうした事情もあって、世界各国には様々な「情報機関」が設置されています。
代表格としては、米国の中央情報局(CIA)があります。1947年に設立され、人員規模は約2万人に上り、予算規模は、1998年のCIA長官の公表によれば、約266億米国ドル(当時の為替レートで約3.5兆円)とされます。これは当時の日本の防衛予算である約5兆円と大差ないレベルです。

CIAは、「エージェント」と呼ばれるスパイを世界各国に派遣し、現地で情報収集に当たらせています。情報収集に当たっては、外交官などに身分を偽ることが基本であり、現地の米国大使館を拠点として活動するほか、マスメディア関係者や国際援助機関職員など様々な身分で潜入調査することもあります。変わり種としては、映画プロデューサーに偽装した事例もあります。
こうして収集された情報は、安全かつ迅速に米国内のCIA本部へ伝達されると、「分析官」と呼ばれる本部職員によって、「信ぴょう性」に基づく分析と検証が行われます。「信ぴょう性」とは、個々の情報について、どこまで正しくどこまで間違っているか、どの程度まで信じてよいか、どの程度まで根拠と信じて決定や行動を下すのが望ましいか、などの観点で評価されることです。
最後に、信ぴょう性について評価された情報は、大統領府や政府各省に報告され、トランプ大統領など政府首脳が政策を作るに当たって重要な参考となります。
これはCIAに限らず、世界各国の「情報機関」が日夜遂行している一般的な任務となります。

世界に比べて日本に「情報機関」と言えるものはあるのか
日本には「情報機関」と言える組織はあるでしょうか。「情報機関」というよりも、情報収集する機能を備えた政府機関が複数存在しているというのが実情です。
これは、日本が第二次世界大戦で敗戦したという歴史的背景によります。日本には戦前に、「陸軍中野学校」という「対外諜報機関」が存在していました。正確には、諜報員つまりスパイの教育機関でしたが、卒業生が招集されて個別に「対外諜報機関」が設立され、海外で情報収集に当たるとともに、破壊活動や宣伝活動など工作活動も展開していました。CIAなど現行の世界各国の「情報機関」と比べても遜色ない活動であり、名実とともに日本を代表する「情報機関」でした。
しかし、「陸軍中野学校」は敗戦によって解体され、米国が主導する終戦直後の統治下では、「陸軍中野学校」で培われたスパイの知識、技術、経験そしてノウハウの大半が失われました。そして、米国主導で日本の治安機関が再編され、その過程で情報収集の機能が一部の治安機関に付与されました。その流れに従って設置されたのが、現在の内閣情報調査室、警察公安部門(公安警察)そして法務省公安調査庁などです。 ただ、「陸軍中野学校」からスパイの知識、技術、経験そしてノウハウの一部を継承したに過ぎず、「情報機関」としては必ずしも十分ではありません。本来業務に加えて、情報収集の機能を有することで、事実上の「情報機関」として活動するのが実情です。

内閣官房内閣情報調査室(内調)
米国主導の戦後統治下で治安機関が再編される中で、情報収集機能が喪失及び分断されました。米国主導の統治が終わった1952年には、「内閣総理大臣官房調査室」が設置されましたが、これが始まりです。
元々は、国内外の情報を一元化する「中央情報機関」を目指していたとされますが、発足当初から人員規模が大きく変化していません。2020年代に入っても、職員数は200人前後にとどまっており、現行の「情報機関」の中では小規模と言えます。例えば、防衛省情報本部や法務省公安調査庁が2000人規模の職員を抱えており、公安警察の代表格である警視庁公安部は1000人規模の職員とされます。外務省の「情報機関」である国際情報統括官組織が100人規模とされており、これに近い規模です。
また、200人前後の職員の中には、外務省、公安警察、防衛省情報本部、公安調査庁などの職員が「出向」という形で派遣されており、「プロバー」と呼ばれる内調採用の職員は更に少なくなります。表向きは「情報機関」とされますが、実際は、国内外の情報を収集する能力が限定的であり、情報収集能力を出向者に依存している一面があります。世界標準の「情報機関」と比較すれば、情報機関とは言い難い実態です。
どちらかと言えば、情報コミュニティーを構成する「情報機関」の間や、首相官邸と「情報機関」の間を取り持つ連絡調整役が本来業務となっています。

警察・公安部門(公安警察)
米国主導の戦後統治下で特別高等警察(特高警察)が解体されて治安機関が再編される中で、警察力の低下が顕著となりました。米国主導の統治が終わる頃には、特高警察の旧職員が再び招集されて、組織再編された警察組織の内部で誕生しました。
公安警察とは、正式な組織名ではなく、正しくは警察組織の一部である公安部門を指しており、独立した治安機関ではありません。ただ、戦前では、警察組織の内部に特高警察が存在して独自に活動していた経緯があり、戦後においてもこうした形式が一部取り入れられています。
警察組織でありながら、原則として逮捕等の強制捜査権を行使することなく、任意捜査を主体とした情報収集に当たっています。戦前に他国のスパイを摘発した特高警察の系譜を一部継承していることもあり、国内外における情報収集活動よりも、他国のスパイ活動を防止する役目も担っています。ただ、日本では「スパイ防止法」が制定されていないため、「対日有害活動」という名目で、現行の法律の範囲内でスパイ活動を摘発しています。
どちらかと言えば、「情報機関」というよりは、スパイ活動を防ぐ「防諜機関」に近い実態があり、国内外の情報を一元的に収集するとは言い難い実態があります。
警察は一般的に「法執行機関」に該当し、「情報機関」とは別個に扱われるのが通例です。「法執行機関」とは、法律の定めに従って逮捕等の強制権限を行使する政府機関を指しており、警察はその代表格です。「情報機関」は、強制権限が与えられず、任意調査にとどまるのが通例であり、例えば、世界最大の情報機関である米国の中央情報局(CIA)には強制権限が与えられていません。
公安警察はあくまでも警察としての治安維持が本来業務であり、情報収集や防諜活動は副業と言って差し支えありません。

法務省公安調査庁(公調)
米国主導の戦後統治下で特別高等警察(特高警察)が解体されて治安機関が再編される中で、共産主義運動が高まっていました。米国主導の統治が終わった1952年には、皇居外苑で「血のメーデー」と呼ばれる警察と反政府デモ隊の衝突が発生し、治安対策が緊急に必要とされました。破壊活動防止法という暴力的な共産主義活動の団体規制を目的とした法律が制定され、日本軍憲兵隊、特高警察などの旧職員が再び招集されて組織再編される中で誕生しました。
故に、共産党や極左過激派などを主な調査対象とし、破壊活動防止法を適用するための調査活動を行い、必要があればその活動を規制したり、団体を解散させるという団体規制に主眼が置かれています。情報収集は、団体規制のための調査の過程で付随的に行われるに過ぎませんでした。
東西冷戦中は、暴力的な共産主義活動への対応が必要とされましたが、共産主義国家が崩壊して東西冷戦が終結すると、団体規制の必要性に疑問が生じて組織と人員が縮小されます。ここに至って、付随的に過ぎなかった情報収集を、団体規制と同様の本来業務に格上げすることで、組織の生き残りを賭けることになります。
ただ、根拠法令が原則として破壊活動防止法のままであり、これは発足当初から変わっていません。こうした法的枠組に加えて、オウム真理教への団体規制が続いています。あくまでも団体規制が本来業務であり、情報収集は副業に近く、世界標準の「情報機関」と比較すれば、「情報機関」とは言い難い実態です。

外務省国際情報統括官組織
米国主導の戦後統治下にあって、外務省内では、国外情報の収集よりも敗戦処理をめぐる外交交渉が重視され、米国主導の戦後統治が終了しても状況に大きな変化はありませんでした。戦後数十年にわたって情報収集を意味する部署名は見当たらず、1984年になって「情報調査局」という形で設置されました。1993年には、情報調査局から国際情報局へ組織改変され、外務省における情報収集機能の強化が明確になります。
しかし、2004年に、国際情報局は、外務省内で領事部が領事局に格上げされることに伴い、廃止されて現行の国際情報統括官組織という名称で存続します。「局」の数は、政令で各省ごとに定められており、日本人保護を担当する領事業務が重視される代わりに、情報収集業務は事実上の格下げされたと言えます。こうして担当部署の変遷が繰り返されており、情報収集機能は限定的と言わざるを得ません。
外務省はあくまでも外交官庁であり、外交交渉を本来業務としているのであって、「情報機関」ではありません。現行の国際情報統括官組織は、職員数が100人規模に過ぎず、これは、現行の「情報機関」の中で最小となります。世界各国に大使館を設置して外交官を派遣していますが、外交交渉の過程で付随的に情報収集させているのであって、副業と言って差し支えない実態です。

防衛省情報本部
設置されたのは1997年と比較的最近であり、主に防衛情報つまり軍事情報に関する情報の収集と分析を目的としています。取り扱う情報の内容には、電波情報、画像情報、地理情報など通信電波情報(シギント)や電子情報(イミント)が含まれています。他の「情報機関」は、人から人へ伝わる人的情報(ヒューミント)を主体とした情報の収集と分析を行っており、情報本部はこれと一線を画しています。
2000人規模の人員を擁して、通信電波情報や電子情報など情報収集を専門的に行うという意味で、現行の「情報機関」の中では最も世界標準に近いと言えます。政府や防衛首脳部の指揮命令に資する情報の収集と分析を任務としている点で、米国で言えば、国防情報局(DIA)に近いと考えられます。
ただ、取り扱う情報のいずれも防衛活動つまり軍事活動の観点から収集と分析が行われており、政治、経済、文化など多面的な情報の収集と分析はあくまでも付随的に過ぎません。日本の情報収集機能で課題とされているのは、こうした多方面にわたる人的情報(ヒューミント)です。
また、世界標準で言えば、軍事情報機関という色彩が強く、内閣情報調査室など文民情報機関とは大きく異なっています。
本来業務と情報収集機能という副業を兼務する日本の「情報機関」
現行の「情報機関」は、いずれもそれぞれ本来業務を抱えており、情報収集は付随的かつ限定的になっている実情にあります。まさに、本業に勤しみながら、空いた時間で副業を営むサラリーマンのようであり、副業レベルでしかないのが日本の情報収集機能の能力でしょう。
背景には、「情報機関」として中核的な存在であった「陸軍中野学校」が第二次世界大戦の敗戦によって解体され、その組織的継承が行われなかったことがあります。終戦直後には、暴力主義的な共産主義運動に対する治安対策が急遽必要になり、その場しのぎのように治安機関がバラバラに再編されたこともあります。
こうして個々の治安機関に情報収集機能が拡散し、「中央情報機関」が不在のまま年月が経過しました。そして、外務省や防衛省でも個別に情報収集機能が創設され、拡散が一層進みました。これが現行の体制を生み出すことになったのです。

情報収集機能を集約して本業とする統合再編が今後も課題
世界情勢は、中国・ロシアと西側諸国という対立軸が鮮明になりつつあり、これに伴って国際諜報戦も水面下で激化する一方です。2023年には、中国でアステラス製薬社員の日本人1人がスパイ容疑で拘束され、2024年には、東欧ベラルーシで日本人2人がスパイ容疑で拘束されました。
日本は、現行の体制ではこうした事態に対応できるとは言えず、情報収集機能を集約する統合再編が今後も課題となります。事務レベルでは従来から、「情報機関」の間の縄張り争いなどもあり、遅々として進んでこなかった経緯を踏まえると、先見性と指導力のある政治家の登場を待つほかないというのが実情です。

以 上



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