参院選でも争点の一つに――なぜ今「スパイ防止法」なのか
2025年7月の参議院選挙。その争点のひとつに、これまで国政選挙で語られることの少なかったテーマが浮上しました。それは「スパイ防止法」です。
「スパイ」と聞いて、多くの人は映画やドラマを思い浮かべるでしょう。TBSドラマ『VIVANT』や、アニメ化された『SPY FAMILY』など、娯楽の世界では常に人気の題材です。しかし、現実の「スパイ防止法」が目指すのは、そうした創作におけるスパイではなく、実際に外国から送り込まれる諜報員の活動を取り締まることにあります。
ではなぜ今、この法律が国民的な議論の的となっているのでしょうか。その背景には、戦後の日本が長く抱えてきた「ある現実」が横たわっているのです。

日本が「スパイ天国」と呼ばれる理由
「スパイ天国」という言葉を耳にしたことはないでしょうか。日本は戦後一貫して、外国のスパイにとって「活動しやすい国」と言われ続けてきました。なぜなら、法的な規制がほとんど存在せず、海外から入り込んだスパイが自由に情報収集や工作活動を行える環境にあるからです。
「スパイ活動」そのものは人類の歴史において決して新しい現象ではありません。古代ギリシャの時代からその存在が確認されており、情報を握ることは戦争の勝敗を分ける要素とされてきました。とりわけ、20世紀には二度の世界大戦を経て、「情報を制した国が戦争を制する」という認識が決定的になり、現代に至るまで世界各国は「スパイ活動」を活発化させています。
その流れの中で、日本は十分な対策を取らないまま高度経済成長を迎え、現在に至るまで「スパイにとって活動しやすい国」と見なされているのです。つまり「スパイ天国」とは決して誇張ではなく、日本の安全保障に直結する深刻な現実なのです。

世界で『スパイ防止法』が普及する中で日本は整備が遅れている
いまや「スパイ活動」は、世界各国にとって暗黙の前提となっています。実際、スパイを一切持たない国家など存在しないと言っても過言ではありません。そのため、世界各国の中には、早くから「スパイ活動」を取り締まる法制度を整える動きがありました。
たとえば、米国では1917年に「スパイ防止法」(ESPIONAGE ACT)が制定され、英国でもそれに先立つ1911年に「公務秘密法」(Official Secret ACT)が施行されるなど、個別法として存在しています。
ドイツ、フランス、ロシアなどでは「スパイ防止法」という個別の形式で定められていませんが、刑法の中に「スパイ行為」に関する規定が盛り込まれ、これが実質的に「スパイ防止法」として機能します。

カナダの場合、「情報保護法」(Security of Information Act)や「国家安全保障法」(National Security Act)で「スパイ行為」に関する規定が盛り込まれています。
イタリアは、刑法、治安関連法、情報管理法、サイバー規制など複数の分野それぞれに「スパイ行為」に関する規定を盛り込むことで、全体として「スパイ防止法」として機能するよう講じられています。

つまり、G7と呼ばれる先進国では、形は違っても必ず「スパイ活動を処罰する仕組み」が存在しているのです。しかし――その中で唯一、日本にはスパイ行為を直接規定する法律がありません。この「空白」こそ、日本が国際社会から「スパイ天国」と見なされる大きな理由なのです。
日本にはなぜ『スパイ防止法』が存在しないのか?
実は日本にも、戦前には「軍機保護法」や「国防秘密取扱取締法」といった法律がありました。これらはスパイ行為を直接規定してはいませんでしたが、当時は外国の工作員を抑止する機能を一定程度果たしていたのです。
しかし、第二次世界大戦の敗戦後、占領政策の一環としてこれらの法律はすべて廃止されました。戦後の日本で新たな「スパイ防止法」が整備されなかった背景には、戦前の暗い記憶があります。
戦前では、特高警察や憲兵隊がスパイ摘発の名目で国民を監視し、思想統制を強めていきました。その結果、日本は戦争へと突き進み、破滅的な結末を迎えることになります。こうした経験から、「諜報活動のための法整備や組織設置=戦前への逆戻り」というイメージが根強く残り、戦後の日本社会では長らくタブーとされてきたのです。

法整備がないことで生じる危険と弊害
では、日本に「スパイ防止法」が存在しないことで、具体的にどのような問題が起きるのでしょうか。まず最大の問題は、外国の「スパイ活動」を摘発できないという点です。
日本の法律では「スパイ行為とは何か」が明確に定義されていません。そのため、仮に外国のスパイが活動していると察知しても、既存の刑法だけでは摘発できないケースが多いのです。「スパイ活動」は秘密裏に行われるため、事前に証拠をつかむことは難しく、たとえ未遂の段階で発覚しても、現行法では摘発や処罰ができません。
さらにもう一つ深刻なのは「抑止力の欠如」です。世界各国では、「スパイ行為」に対する最高刑を死刑又は終身刑に設定するのが一般的です。この厳罰規定があるからこそ、外国のスパイは行動をためらいます。しかし、日本にはそのような規定がないため、結果として「やり得」の環境になってしまっているのです。

近年は中国による日本人の「スパイ容疑」:高まる必要性と外圧
日本で「スパイ防止法」の整備が進まない一方で、中国では逆に関連法が急速に拡大しています。その代表が2014年に制定された「反スパイ法」です。
この法律に基づき、中国国内では駐在する外国人が「スパイ容疑」で拘束される事例が相次いでおり、日本人も例外ではありません。実際に、2014年以降、少なくとも17人の日本人が拘束され、長期にわたる収監や有罪判決を受けるケースが出ています。

こうした状況の中で、日本国内でも「スパイ防止法」を求める声が強まりました。理由の一つは、対抗措置としての役割です。もし日本に「スパイ防止法」があれば、日本にいる中国人を「スパイ行為」の容疑者として拘束することが可能となり、中国に対して「日本人を拘束すれば同じことをされる」という抑止効果を働かせられるのです。

さらに、日本人が拘束された際には、互いの「スパイ活動」の容疑者や収監者を交換するという交渉の道も開けます。実際に、世界各国の間では、こうした身柄交換は外交カードの一つとして行われてきました。中国に一方的に拘束される現状を変えるには、日本も対等な交渉手段を持つ必要があるのです。
このように、中国の動きが日本に直接的な圧力となっている今こそ、「スパイ防止法」の必要性は一層高まっていると言えるでしょう。

日本版「スパイ防止法」の2つのアプローチ:改正か新法か
では、日本が「スパイ防止法」を整備する場合、どのような形が現実的なのでしょうか。世界各国の事例を参考にすると、大きく3つのアプローチが存在します。
1つ目は、米国や中国のように「スパイ防止法」という個別の法律を制定する方式です。

2つ目は、ドイツやフランスやロシアのように刑法の中に「スパイ行為」に関する規定を盛り込む方式です。

3つ目は、カナダやイタリアのように刑法以外の複数の法律に分散して規定を置き、全体で実的な「スパイ防止法」として機能させる方式です。

この中で、日本がゼロから「スパイ防止法」を個別に制定するのは容易ではありません。実際、過去には国会で「スパイ防止法」の法案が提出されたものの、国民の強い反発を受けて廃案となった経緯があります。
1980年代の廃案から何を学ぶか
1980年代、日本では自民党を中心に「スパイ防止法」の制定に向けた動きが本格化しました。きっかけは、1980年に発覚した自衛隊元幹部によるスパイ事件です。
当時のソ連に機密情報が漏洩したこの事件は、国家安全保障に直結する重大な内容でした。しかし、元幹部は自衛隊法違反などで起訴されたものの、判決は懲役1年という軽い刑にとどまります。この「微罪処分」に対する危機感が、法整備を求める声を一気に高めました。

同じ年には自民党内で最初の「スパイ防止法」の法案が作成され、その後も修正を重ねながら議論が続きます。1985年には議員立法の形で国会に提出され、成立に向けた動きはピークを迎えました。
しかし、強い反発が待ち受けていました。戦前の治安維持法を想起させるとして、「国民監視社会につながる」との懸念が広がったのです。新聞社、弁護士会、教員組合、左派政党などが先頭に立ち、全国規模で反対運動を展開。デモや署名活動が相次ぎ、社会的な大論争となりました。
結果として、法案は国会で継続審議となるものの、自民党内ですら意見が割れ、党内合意すら形成できず、最終的には廃案に追い込まれます。この経緯は、日本において「スパイ防止法」がいかに政治的・社会的な対立を引き起こすかを示す象徴的な事例といえるでしょう。

法整備への国内外の反発は避けられない
ただ、「スパイ防止法」の必要性は、戦後の日本において一貫して認識されてきました。しかし、同時に、戦前のような国民統制や監視社会の再来を招くのではないかという懸念も常につきまとっています。
1985年に法案が廃案となってから約40年が経ち、いま再び制定の機運が高まりつつあります。とはいえ、当時と同じ構図は基本的に変わっていません。もし今回も本格的に法整備へ動けば、前回と同じく強い反発が起こる可能性は十分にあります。
実際、2013年に制定された「特定秘密保護法」は、国家の安全保障に関わる情報漏洩への処罰規定などを定められていました。しかし、国家安全保障の名のもとに情報統制が進むのではないかと批判され、多数の反対運動が全国的に展開されました。このことは、国家の情報を守るための法整備と、国民の自由や権利を守る姿勢とが、今なお激しく対立するテーマであることを示しています。

1980年代と2020年代で異なる事情とは?
「スパイ防止法」の制定を進めるうえで避けられないのが、反対意見への対応です。では、1980年代と現在で違いがあるとすれば、それは何でしょうか。
まず40年前は、発端となったのが元自衛隊幹部による機密情報の漏洩事件でした。これは深刻な問題ではありましたが、基本的には一部個人の不正行為として位置づけられました。
一方、現在の状況はまったく異なります。中国による日本人の「スパイ容疑」での拘束が相次いでおり、しかもその多くは長期にわたる収監に及んでいます。この問題は個人の不正にとどまらず、国家間の関係に直結する事態であり、国民の生命と財産を守る観点から、より切実かつ緊急の対応が求められているのです。
したがって、今回の法整備は「中国への対抗措置」という目的に絞り込み、限定的に整備することが現実的な選択肢の一つとなります。

「オウム新法」に見る目的特化型の立法という前例
目的を限定して法整備を行う手法は、過去にも例があります。それが1995年の地下鉄サリン事件などを引き起こしたオウム真理教をめぐる対応です。
当時、数々の事件を引き起こしたオウム真理教の活動を規制するため、破壊活動防止法の適用が検討されました。しかし、結果的には見送られます。ただ、これではオウム真理教が事実上野放しになってしまい、その関連施設を抱える自治体や住民の間で不安の声が上がりました。
そこで、政府内部では、オウム真理教の活動を規制するという目的に絞り込んだ新法が検討されます。破壊活動防止法を改正して改めて適用することも検討されましたが、それは多方面から反対意見が相次ぐことが予想されたため、断念されました。
そのため、政府は、オウム真理教だけを規制対象とする新しい法律の制定に舵を切ります。その結果、1999年に制定されたのが団体規制法であり、正式には「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」です。その名称から分かるように、オウム真理教の規制を目的としていたことから、「オウム新法」とも呼ばれました。目的を拡散させずに絞り込んだ立法によって、反対意見を最小限に抑えることができたのです。
つまり、広く社会全体に影響を及ぼし得るのではなく、特定の脅威に対して限定的に立法する――これが有効なアプローチとなり得るのです。

対中国に目的を絞り込んだ日本版「スパイ防止法」という現実的選択肢
いま再び、「スパイ防止法」の是非が問われようとしています。その中では、かつての「オウム新法」のように、目的を限定した立法は有力な選択肢となり得ます。つまり、諸外国のように「スパイ行為」全般を広く規制するのではなく、中国による日本人拘束への対抗措置に特化し、必要最小限の規定にとどめるのです。これは、近隣諸国を過度に刺激せず、かつ現実的に機能する道でもあります。
戦後80年を経てもなお、日本は「侵略の反省」と「平和主義」を国際社会から強く求められる稀有な存在です。だからこそ、日本がもし「スパイ防止法」を制定するならば、それは世界のどの国とも異なる、日本独自のかたちになるはずです。

以 上


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