スパイニュース解説・2024年12月トランプ政権誕生と中東情勢001:トランプ外交を待ち望むイスラエル、震撼するイラン

スパイニュース解説記事

各地の国家間の軍事衝突が地域全体の戦争まで発展し得るシナリオとは?(SPY-NE008)

イスラエルの戦線拡大による継戦能力への評価と疑念

 停戦交渉が進まないとすれば、中東地域の各地で戦闘が続行されるでしょうが、イスラエルには、どの程度の継戦能力が残されているのでしょうか。

 継戦能力が限界に近いとすれば、イスラエルが軟化して停戦交渉に応じる余地があります。逆に、継戦能力に余力があれば、戦線が拡大しても不自然ではありません。最悪の場合、中東地域を全般的に対立へ巻き込むことで、新たな中東戦争を勃発させたり、これまでにない情勢悪化をもたらす可能性が否定できません。

 そこで、改めてイスラエルによる戦闘が今後拡大されるか、現状維持で継続されるか、それとも停戦に向けて縮小されるか、を考える必要があります。

拡大し続けるイスラエル軍の人的損耗

 イスラエル軍の2024年11月の発表によれば、同月時点で、全ての戦線で将校及び将兵5331人が負傷し、うち779人が重傷を負ったとされます。

 全ての戦線とされますが、ミサイル攻撃と航空機又は無人機による空爆では、人的被害が想定されません。このため、負傷者は主に、地上戦で発生していると考えられます。

 イスラエル軍の地上戦に限ると、2024年11月時点で、パレスチナ自治区ガザレバノン南部で展開されています。ただ、レバノン南部では、前月10月に始まって1か月余りしか経過していないことを考慮しますと、負傷者の大半は、ガザ地区で発生したとみられます。11月19日付け「アルジャジーラ」の報道によれば、イスラエル公式筋の話として、レバノン南部の地上戦におけるイスラエル兵の負傷者は1000人とされます。

イスラエル軍の動員規模

 イスラエル軍は常時、約17万人の兵員を備え、これに加えて予備役を最大で約46万人を招集可能としています。

 イスラエル軍の発表によれば、2023年10月におけるガザ地区の地上侵攻に際して、予備役として約30万人以上を招集したとされます。これは、予備役全体の約3分の2に相当します。さらに、2024年10月には、レバノン南部における地上戦に向けて、二個旅団が予備役から追加招集されており、1万人足らずの兵員が加わったとみられます。このため、残る予備役は、最大で15万人程度と見積もられます。

 したがって、2024年11月時点では、約17万人の常備兵と約30万人以上の召集兵で、合わせて50万人近くが動員されていることになります。こうした兵員規模が、ハマスとヒズボラという武装勢力との非対称戦に投入されているとみられます。

兵員の負傷率の大まかな比較評価

 正規軍と武装勢力による非対称戦として記憶に新しいのは、2001年から2021年までのアフガニスタン戦争があります。

 国際治安支援部隊(ISAF)の枠組みから成るアフガニスタン駐留外国軍は、最大時で約13万人であり、20年間で動員された延べ人数は、約50万人とされます。そして、負傷者数は約2万5000人とされており、全期間を通じた負傷率は、約5.00%となります。

 これに対し、イスラエル軍は、2024年11月時点で、主にガザ地区とレバノン南部の地上戦に向けて50万人近くを動員して、負傷者5331人であり、負傷率は、1.00%を超える程度です。

 単純な負傷率の比較であれば、イスラエル軍の人的損耗は軽微と考えられます。ただ、アフガニスタン駐留外国軍は、20年間を通じた負傷者と負傷率であることに対し、イスラエル軍の負傷者数と負傷率は、約1年と短期間であることに注意が必要です。つまり、アフガニスタン戦争における非対称戦に比べて、イスラエル軍は、約4倍のペースで負傷者が発生しているのです。

 今後、直近1年間の負傷状況が同水準で続けば、イスラエル軍は、戦闘開始からわずか4年でアフガニスタン戦争の20年間の負傷者数である2万5000人に到達するペースです。ましてや、世界50か国からアフガニスタンに派兵された約50万人に対し、イスラエル一国から派兵された50万人近くです。

 イスラエル軍における負傷者の現状は、人的資源の損耗が激しいことを際立たせています。

イスラエルの戦線維持に向けた継戦意思への評価と疑念

 アフガニスタン戦争では、負傷者の増加に伴い、派遣各国の間で兵士の人的損耗をめぐって世論から批判が高まりました。最も多くの兵員を派遣した米国では、バイデン政権下で世論の半数が撤退を支持したこともあります。

 イスラエル国内でも、地上戦の継続やハマスによる人質の解放をめぐって、抗議活動が度々、発生しており、戦闘開始から1年後の2024年10月には、イスラエル国内外で抗議デモが行われました。

 ハマスに誘拐された人質の解放が進まず、イスラエル軍の負傷者が増加することで、イスラエル国内では、厭戦ムードが高まっているとみられます。しかし、ネタニヤフ・イスラエル首相は、ハマスとヒズボラの壊滅を目指すとして強硬姿勢を崩しておらず、停戦交渉においても譲歩の姿勢を見せていません。2024年11月には、親イスラエル政策を講じたこともあるトランプ前大統領が返り咲いており、ネタニヤフ首相が従前よりも強硬に出る可能性は否定できません。

レバノン南部の地上戦完了をめぐる報道と国防相の解任

 2024年10月末になって、イスラエル軍が、レバノン南部の地上戦から撤退を開始するとの報道が相次ぎました。当時のガーラント・イスラエル国防相は、ヒズボラのミサイル発射能力の大半を破壊したと述べています。イスラエル政府は、イスラエル北部に対するヒズボラの脅威が除去されたとして、避難中の地元住民が近く帰還できるとの見通しも示していました。

 この時点では、レバノン南部における地上戦は、限定的に行われた結果、1か月程度で完了する手はずであったとみられます。

 しかし、11月5日に、ガーラント国防相がネタニヤフ首相から解任されました。そして、レバノン南部における地上戦の完了に関する見通しが報じられなくなり、その後も地上戦は継続されています。

 解任の経緯は定かではありませんが、レバノン南部における地上戦の完了時期について、ネタニヤフ首相とガーラント国防相の間で、意見が相違した可能性があります。ガーラント国防相は、イスラエル軍の人的損耗を考慮し、レバノン南部における可能な限り早期の戦闘終了を模索していたかもしれません。

 いずれにしても、2か所同時に地上戦を展開するイスラエル軍の継戦能力が、必ずしも万全でないことがうかがわれます。

想定外に長期化するレバノン南部の地上戦と停戦の見通し

 レバノン南部における地上戦は当初、限定的とされており、開始に当たっては、予備役から1万人足らずの二個旅団が動員された程度でした。戦闘期間については、事前に定められていませんでしたが、短期戦を想定していたはずです。イスラエルは、ヒズボラのミサイル発射能力を削ぎ落とし、幹部を排除することで有利な停戦を実現させようと、地上戦に乗り出したかもしれません。

 しかし、戦闘開始から1か月以上が経過した後も、レバノン南部からのミサイル発射が止む様子がありません。ミサイルの一部は、テルアビブにまで到達しており、民間施設や市民に被害が生じることもあります。ヒズボラ指導者のカーシム師は、こうした攻撃が、イスラエルによるベイルート空爆に対する報復であるとしています。

 1か月間の戦闘で、イスラエル軍の負傷者が1000人に達したとの報道もあり、兵員の人的損耗が増大しています。

 イスラエルとヒズボラの間の停戦交渉では、米国とレバノンが仲介当事者となってます。2024年11月、イスラエル側の窓口を務めるホックスティーン米国特使は、ヒズボラ側の窓口を務めるレバノン国会議長に対し、停戦の見通しが近いことを示唆しました。

 その詳細は定かでありませんが、イスラエルは、地上戦開始に当たって、レバノン南部のリタニ川を境界線と設定して、ヒズボラをリタニ川から引き離すことを目的としています。このため、境界線の設定をめぐって、レバノン国内におけるイスラエル軍の存在を認めないヒズボラと、レバノン国内における軍事活動の権利を求めるイスラエルとの間で、真っ向から対立するかもしれません。

カタール離脱に伴いハマスとの交渉窓口の消失

 イスラエルとハマスの停戦交渉では、カタールが仲介役から離脱したことで、こちらも難航したままです。これに合わせてハマス指導部のカタール退去も報じられるようになり、カタールは、仲介交渉の一時中断を発表して間もなく、ハマス側の交渉代表団がカタール国内にいないと主張しています。

 このため、ハマス側の新たな交渉窓口が焦点となっており、ハマス支援国の一つであるトルコが有力視されています。ハマス側の交渉代表団がトルコを訪問しているとの報道もあります。トルコは、カタールの交渉離脱と前後して、イスラエルとの関係断絶を公表しています。こうした経緯もあり、トルコがハマス交渉代表団を国内に受け入れて、交渉窓口となるかもしれません。

 いずれにしても、ハマスに対しては、イスラエル側の窓口である米国が、何らかの形で停戦交渉を持ちかけるほかなく、ハマスが停戦に同意するのは困難とみられます。

戦線拡大が新たな中東戦争にまで発展する可能性は?

 2023年10月以降、イスラエルをめぐる戦線は拡大する一方でしたが、1年が経過した現在、拡大も縮小もなく停滞を余儀なくされています。停戦交渉が行われているものの、停戦に至った戦線は2024年11月25日時点で一つもなく、こう着状態に陥っています。

 かつての中東戦争では、イスラエルと中東地域のアラブ・イスラム諸国に分かれた総力戦でした。

 現在は、アラブ・イスラム諸国が、多数派のスンニ派少数派のシーア派の二つに分かれてイスラエルと対立しており、サウジアラビアなどスンニ派が主導する国々は、従来の敵対姿勢を翻しつつあります。結果的に、イスラエルと軍事衝突するのは少数派のシーア派主導勢力となり、これは、中東戦争でイスラエルと敵対したアラブ・イスラム諸国の総数に比べたら、少数に過ぎません。

 最後の中東戦争から半世紀となり、イスラエルが中東地域で一定の存在感を獲得したことで、イスラエルに対する敵と味方に分断されているのです。中東戦争が生じる可能性は、半世紀前に比べて低くなっていると言わざるを得ません。

 半世紀前と異なる点といえば、イランがイスラエルに敵対しており、核兵器の開発疑惑があることです。イスラエルに対しても核兵器の保有疑惑がつきまとっています。核兵器の保有が見込まれる当事者が軍事衝突していると仮定すれば、対立をエスカレートさせることで核兵器の使用や拡散が懸念されます。この点で、新たな中東戦争の発生よりも、イスラエルとイランの二国間対立による核兵器の開発競争や応酬の方が注意を要します。

これまでにない紛争拡大を想定するシナリオ

 2024年11月に、トランプ次期米国政権の誕生が決まったことで、イスラエルやイランなど紛争当事者に対する注目が高まっています。

 取り分け、イスラエルは、前政権下でイスラエルを強く後押ししたトランプ次期政権を歓迎しています。ネタニヤフ・イスラエル首相は、11月5日の大統領選後、トランプ大統領と計3回にわたり電話会談を行ったとされます。所要時間については定かではありませんが、日本の石破首相が1回約5分間であったことに比べると、米国とイスラエルとの政権レベルの親密ぶりが際立ちます。

 一方、イランは、トランプ大統領当選の報道に接した後も、イランの方針に変更はないと明言しています。ただ、トランプ前政権から2015年に成立した核開発合意を一方的に反故された経緯があり、イランの出方が注目されます。今後、イランが核開発合意に関する遵守方針を変更するかもしれません。これを裏付けるように、トランプ前大統領の当選から間もなく、イランは、新たな遠心分離機の製造を命じたとの報道があります。

 最悪の場合、米国の圧力に晒されたイランが、イスラエルの核兵器保有に対抗するため、核開発の一部を友好国や親交勢力に拡散する可能性は否定できません。そうなれば、中東地域における核兵器の拡散という事態が生じて、世界中の資源の主要生産地の情勢が悪化しかねません。日本もまたその影響を免れないでしょう。

以 上

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