2025年07月:スパイ容疑で拘束された日本人の現状と課題:スパイ容疑で拘束される日本人──諜報無力の代償とインテリジェンスの未来

スパイニュース解説記事

スパイ容疑で拘束される日本人──諜報無力の代償とインテリジェンスの未来(SPY-NE040)

ベラルーシで「スパイ容疑」の日本人が解放──その背景とは?

 2025年6月21日、ベラルーシ政府は、スパイ行為などの容疑で拘束していた計14人を釈放しました。その中には、日本人2人も含まれていました。

 この2人の日本人は、それぞれ2020年8月と2024年12月に拘束された人物です。1人は、大統領選挙をめぐる抗議活動に関与したとして逮捕され、もう1人は、軍事施設に関する情報を日本へ送信したスパイ容疑で拘束されていました。

 釈放後、2人は隣国リトアニアに移送され、いずれも健康状態に問題はないと報告されています。今回の釈放は、米国政府の要請を受けて決定されたもので、最終的にはベラルーシのルカシェンコ大統領が恩赦を与える形となりました。

近年海外で日本人が「スパイ容疑」で相次ぎ拘束

 ベラルーシでは、2024年に日本人2人が「スパイ容疑」で拘束されました。今回解放された2人のうちの1人は、2024年7月に逮捕された人物ですが、この人物は2025年3月、「スパイ容疑」で起訴され、禁錮7年の有罪判決を受けています。このため、今回の釈放対象には含まれていません。

 一方、こうした日本人の「スパイ容疑」による拘束が、より深刻なかたちで継続しているのが中国です。中国では、2014年に「反スパイ法」が制定されて以降、少なくとも日本人14人が拘束されています。いずれも「スパイ行為に関与した」とされています。

 直近の事例では、2023年、北京においてアステラス製薬の日本人社員が拘束され、2024年8月に正式に起訴されました。

中国で再び有罪判決──日本人「スパイ容疑」の重い現実

 起訴されていたアステラス製薬の日本人社員に対し、2025年5月、中国の裁判所は「スパイ容疑」を認定し、懲役12年の有罪判決を言い渡しました。

 この社員は、判決を受けた日本人として11人目にあたります。これまでに「スパイ容疑」で中国当局に拘束された日本人は計14人とされており、そのうち11人が有罪判決を受けていることになります。つまり、拘束された時点でかなりの高確率で有罪になる実態が浮かび上がっています。

 判決を受けた場合、刑期は最低でも懲役3年、長ければ12年に及びます。実際、すでに長期収監され、帰国の見通しが立たない日本人も少なくありません。 さらに現在も、中国当局により1人の日本人が拘束されたままとなっており、その処遇については不透明なままです。今後、同様の判決が下される可能性も否定できません。

「働きかけ」しかできない日本政府──無力なインテリジェンス対応

 海外で相次ぐ日本人の「スパイ容疑」による拘束に対して、日本政府はどのように対応しているのでしょうか。

 中国やベラルーシなどで日本人が拘束されるたびに、日本政府は外交ルートを通じて抗議を行い、早期の釈放を要請しています。また、自国民の保護措置として、「領事面会」の手続きも実施されています。

 この「領事面会」とは、外国で拘束・収監された自国民に対し、現地の日本大使館職員が直接面会できるという制度です。これは「領事関係に関するウィーン条約」によって保障されています。さらに、拘束された日本人が起訴された場合には、大使館職員が訴訟手続きを経て裁判に立ち会うことも可能です。

 こうした制度に基づき、日本政府はあらゆる拘束事案において、領事面会や裁判傍聴などを通じ、拘束された日本人への支援を継続しています。 しかしながら、これらの対応はあくまで「保護」や「働きかけ」に過ぎず、直接的に解放を実現する手段ではありません。日本政府としても、現地の司法判断に踏み込むことはできず、最終的には相手国の政治判断に委ねられるという限界があります。

頼みの綱は「第三国の仲介」──日本政府が抱える現実的限界

 こうした状況の中、日本政府が日本人の解放に向けて実質的に頼れる手段は、第三国による「仲介交渉」にほかなりません。

 今回、ベラルーシで拘束されていた日本人2人が釈放された背景にも、この「第三国の力」がありました。ベラルーシ政府によると、トランプ米国大統領(当時)の口添えがあり、それを受けてルカシェンコ大統領が「恩赦」という形で釈放を決断したと発表されています。

 ベラルーシにとって、国際的に影響力の強い米国からの要請には一定の配慮を示すことがありますが、それはあくまでも「例外中の例外」です。米国の介入があったことで釈放が実現した一方で、このようなケースが今後も繰り返されるとは限りません。

 さらに、日本政府が米国に対して過度に仲介を依頼し続ければ、日本はその「貸し」に応じた外交的譲歩を求められる可能性もあります。したがって、米国への依頼は極めて慎重に扱わざるを得ないのが実情です。

 一方、ベラルーシ側としても、今回の釈放はあくまでも「恩赦」による特例措置であり、「スパイ容疑」に基づく法的拘束が覆されたわけではありません。今後の情勢によっては、再び拘束者に対して有罪判決が下される可能性も残されています。

 つまり、このような解放劇は、根本的な解決ではなく、一時的な「政治的取引」に過ぎないという現実が浮き彫りになっています。

拘束は長期化・深刻化へ──なぜ日本人ばかりが標的になるのか?

 日本政府は原則として、外交ルートを通じた抗議や働きかけ以上の行動を取ることができません。そのため、日本人が「スパイ容疑」で拘束される事例は後を絶たず、しかもその多くが長期化し、有罪判決によって年単位の懲役刑を科されるケースが増えています。

 こうした状況は収束の兆しを見せるどころか、むしろ長期化・深刻化の傾向を強めています。このまま、実効性のある対策を講じなければ、さらに悪化する可能性も否定できません。

 ここで、私たちが改めて問い直すべきなのは、「なぜ日本人がスパイ容疑でこれほど多く拘束されているのか」という点です。

 たとえば中国では、2014年に「反スパイ法」が制定されて以降、外国人駐在員が「スパイ容疑」で拘束される事例が増加しました。中でも日本人は、これまでに少なくとも14人が拘束されており、これは中国における外国人拘束の国別統計で「最多」とみられています。

 つまり、中国においては「日本人が標的にされやすい構造」があると見るべきでしょう。では、その理由とは何なのでしょうか──?

日本人が標的にされやすい本当の理由──「やられてもやり返さない国」

 日本人が「スパイ容疑」で拘束されやすい背景には、ある構造的な弱点があります。それは、たとえ日本人が不当または恣意的に拘束されたとしても、日本政府が報復的な措置を講じることはまずない──という事実です。

 これは、国際社会において一種の「無抵抗な国家」と見なされていることを意味します。端的に言えば、「やっても反撃されない相手」として、日本が舐められているということです。

 実際、世界ではスパイ容疑による拘束に対して、対抗措置として相手国の国民を拘束する「報復拘束」が行われることがあります。

 典型的な例が、2018年にカナダで起きた事件です。米国の要請により、中国通信機器大手ファーウェイの最高財務責任者(CFO)がカナダ国内で拘束されました。容疑は、米国の対イラン制裁に関わる詐欺罪でした。

 これに反発した中国は、直後に国内のカナダ人2人を「スパイ容疑」で拘束。一連のやり取りは「拘束合戦」とも呼ばれ、両国の外交関係は緊張状態に陥りました。

 しかし、2021年にカナダがCFOを解放すると、中国も同時に拘束していたカナダ人2人を解放。結果として、力の均衡によって事態は収束しました。

 このように、国際社会では「やられたらやり返す」ことが交渉カードとなり、抑止力ともなるのです。逆に、「やられてもやり返さない」国家は、繰り返し標的にされるリスクを抱えることになります。 残念ながら、日本は後者に分類されているのが現実です。

法の不在がもたらす「無力」──対抗措置を取れない日本の限界

 「やられたらやり返す」というのは、単なる感情論ではなく、国際社会では現実的な交渉手段です。しかし、それを実行に移すためには、前提として法整備が必要になります。実際に対抗措置を取るかどうかは、その時々の政治判断や外交戦略に委ねられますが、そもそも「やり返すための法的土台」が存在しなければ、交渉の場に立つことすらできません。

 そこで必要とされるのが、「スパイ防止法」のような法制度です。この法律は本来、外国勢力によるスパイ活動を防止することを目的とし、どのような行為が「スパイ行為」に該当するかを明確に定義。その上で、治安機関が捜査・摘発を行えるよう法的根拠を与えるものです。

 もちろん、「スパイ防止法」は報復や交渉材料として使うことを目的とした法律ではありません。しかし、運用次第では、中国のように、国家間での「拘束合戦」に発展するケースも見られます。裏を返せば、こうした法的枠組みの存在自体が、抑止力として機能する可能性があるということです。日本人が標的にされることを防ぐには、そうした「見せる力」も必要とされているのです。

動き始めた日本──「スパイ防止法」制定への機運

 こうした危機感の高まりを受けて、ようやく日本国内でも「スパイ行為」への対策強化に向けた法整備の動きが本格化しつつあります。

 自民党は、2025年5月、治安やサイバー犯罪対策に関する調査会において、「スパイ防止法」の制定を政府に提言する方針をまとめました。中心となったのは、高市早苗・前経済安全保障担当大臣らで、石破首相に対し「日本はスパイ行為への対応が極めて不十分であり、早急な法整備が不可欠である」と直接提言を行っています。

 さらに、国民民主党も同年春から、「外国人による土地取得の規制」や「スパイ行為への刑事罰の導入」を柱とする法案の検討に着手。「スパイ防止法」の立法化に向けた議論を加速させています。現時点では法案の成立には至っていませんが、超党派による法整備の検討が進められていることは、1980年代以来の画期的な政治の転換点とも言えるでしょう。

 日本がようやく「無防備な国家」から脱却し、情報戦を生き抜く覚悟を問われる時代が到来しているのです。

「スパイ防止法」が葬られた過去──なぜ日本は無防備なままなのか?

 現在進められている「スパイ防止法」の法整備は、実は決して初めての試みではありません。過去にも日本は同様の議論を経てきましたが、結局それを実現できなかったという苦い歴史があります。

 その発端となったのが、1980年に発覚した「宮永スパイ事件」です。自衛隊に所属していた宮永元将補が、当時のソ連の情報機関に対して機密情報を提供していた事実が明るみに出たのです。

 宮永は起訴され有罪判決を受けましたが、その罪状は「秘密文書の漏洩」にとどまり、下された刑罰は懲役1年という極めて軽いものでした。つまり、たとえスパイ行為を働いても、当時の日本にはそれを直接裁く法律が存在していなかったのです。

 この事件を受けて、自民党内では「スパイ防止法」の必要性が強く意識され、法案の国会提出が模索されました。しかし、1980年代を通じて、野党や市民団体から「表現の自由が制限される」などの強い反対が相次ぎ、ついに1986年、法案は国会審議に至ることなく廃案となります。

 その後、日本における「スパイ防止法」の議論はほぼ姿を消し、法整備の空白は放置されたままとなりました。その結果、日本は現在に至るまで、先進国の中でもきわめて珍しい「スパイ行為を直接取り締まる法律のない国」として、“スパイ天国”とまで揶揄される状況が続いてきたのです。

「スパイ防止法」は報復ではなく抑止力──日本人を守る法的盾に

 現在、海外で日本人が「スパイ容疑」で拘束される事例が相次いでいる中で、「スパイ防止法」の意義は、単に外国人によるスパイ活動を摘発するためにとどまりません。むしろ今、より重要とされているのは、「日本人を不当に拘束させないための抑止力」としての役割です。

 日本が「スパイ防止法」を制定すれば、日本国内でも外国人がスパイ容疑で拘束される可能性が生まれます。つまり、他国が日本人をスパイ容疑で拘束すれば、その国の国民も日本国内で同様の措置を受けかねない――というメッセージを発信することができるのです。

 実際に、中国ではここ数年、スパイ容疑で拘束された日本人に対して厳しい有罪判決と長期収監が繰り返されており、日本国内でも対抗措置の必要性が強く認識されつつあります。そのような情勢の中で、「スパイ防止法」制定の動きは現実味を帯び始めました。

 興味深いことに、こうした日本側の法整備への動きを受けてか、2023年以降、中国国内で新たに日本人が「スパイ容疑」で拘束されたという報道は出ていません。これは、中国側も「これ以上日本人を拘束すれば、日本がついに対抗措置を取る」と読み始めている証左とも考えられます。

 つまり、「スパイ防止法」が制定されるだけでも、他国に対して一定の抑止力を発揮するということです。それは、日本人を守るための「沈黙の盾」となり得るのです。

拘束された日本人を解放するために──「スパイ防止法」が果たす決定的役割

 近い将来、「スパイ防止法」が日本で制定されれば、その法律を根拠として、外国による「スパイ行為」を摘発・拘束できる体制が整うことになります。

 そして、日本人を「スパイ容疑」で拘束している国に対し、その国の「スパイ活」動を摘発し、関係者を日本国内で拘束することで、「スパイの身柄交換」という現実的な交渉カードが成立するようになります。つまり、日本人を救出するための最も現実的かつ合法的な手段が初めて可能になるのです。

 これは単に「報復」ではなく、海外で活動する日本人の身の安全を確保し、国家として国民を守るための当然の外交的ツールと言えるでしょう。今、まさに求められているのは、「スパイ防止法」の整備により、国家がインテリジェンス機能を持ち、抑止と交渉の力を備えることです。これなくして、日本人の早期解放はおろか、国民の安全や主権すら守れない時代に突入しています。

 「情報戦」が現実の脅威となっている今、日本が真に主権国家として存在し続けるために――「スパイ防止法」は避けて通れない国家的課題なのです。

以 上

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