スパイニュース解説・2025年01月:「対外諜報機関」が日本に無いのは「大人の事情」によるもの!?

スパイニュース解説記事

日本に「対外諜報機関」が存在しない理由と実情とは?(SPY-NE018)

報道上で定期的に取り上げられる「対外情報機関」の不在

 2025年1月18日付け「現代ビジネス」電子版には、「時間がない…日本がいますぐにでも『対外情報機関』を作らなければならない『納得の理由』」と題した記事が掲載されました。

 記事の一部には、「主要国の各情報機関とインテリジェンスの協力連携を行うためには、カウンターパートとなる対外情報機関は必須である」とあり、「対外情報機関」に関する言及があります。

時間がない…日本がいますぐにでも「対外情報機関」を作らなければならない「納得の理由」
日本外交のインテリジェンス面での大きな課題は「情報収集・分析能力の強化」だ。そのためにも、日本は独自の「対外情報機関」をつくらなければならない。これはもう、待ったなしの喫緊の課題である。

 こうして「対外情報機関」が言及される報道はかねてより少なくありませんが、なぜでしょうか。

「情報機関」と「諜報機関」の違い

 「情報機関」とは、情報の収集を主な任務とする一方、「諜報機関」は、情報収集に加えて、人的勧誘、情報操作、物的破壊なども任務とします。

 第二次世界大戦では主に、世界各国の軍内部の一部署が諜報活動を担当しており、外国と戦争するために必要な情報を集めたり、逆に情報を広めたり、軍施設を破壊するなど、戦争準備に不可欠な一面を有していました。こうした部署が大戦後に、情報機関として設立又は組織改編されました。故に、多くの情報機関は、必ずしも情報収集に活動を限定しておらず、実態としては諜報機関と変わりありません

 また、「情報機関」との名称自体が、情報収集以外の秘密活動を行なっていないと対外的にアピールするために使用されています。

 故に、情報機関ではなく、諜報機関と呼称した方が実態に即しているでしょう。

「対外諜報機関」とは何か?

 対外諜報機関は、情報を国外で入手するため、諜報員つまりスパイを送り込み、あらゆる手段を講じるのが任務です。

 時には、外国の政府や企業に対し、情報を提供するよう働きかけるほか、自国政府の利益になるよう人的勧誘も行います。例えば、自国企業の軍事兵器を外国政府に購入してもらうため、外国政府の政治家や役人と仲良くなって、購入するための政策を作るよう仕向けたりします。

世界各国の主な「対外諜報機関」

 「対外諜報機関」の代表格といえば、米国の中央情報局(CIA)があります。1947年に設立され、人員規模は約2万人に上り、予算規模は、1998年のCIA長官の公表によれば、約266億米国ドル(当時の為替レートで約3.5兆円)とされます。これは当時の日本の防衛予算である約5兆円と大差ないレベルです。

 CIAよりも歴史が長いのは、英国の秘密情報部(MI6)であり、その創設は1909年です。創設後から公式には存在しないとされましたが、スパイ映画「007」の主人公が所属すると設定されたことで、その名が広まりました。存在が公式に認められたのは、1994年と比較的最近であり、諜報機関とは存在自体が秘密にされるという性質を示しています。

 そのほか、イスラエルのモサド(諜報特務庁)フランスの対外治安総局(DGSE)ドイツの連邦情報局(BND)ロシアの対外諜報庁(SVR)中国の国家保安部(MSS)、韓国の国家情報院(NIS)などがあります。

日本には「対外諜報機関」が存在しない

 日本では、第二次世界大戦前に、陸軍の一部署として「陸軍中野学校」が東京都中野区に設置されました。あくまでもスパイの教育機関ですが、卒業生が集められて、「〇〇機関」と呼ばれる個別の対外諜報機関が、状況に応じて設立又は解体される形式でした。

 例えば、英国と戦争するために英国植民地ビルマの独立を試みた「南機関」があります。現在の対外諜報機関は常設が一般的ですが、当時は、対外諜報活動の形式が模索されており、個別の対外諜報機関が暫定的に運用されました。

 陸軍中野学校は、第二次世界大戦の敗戦によって日本軍と共に解体され、現在に至るまで同種の政府機関は設立されていません

「対外諜報機関」をめぐる日本における過去の経緯と現状

 敗戦直後の日本では、国家体制を崩壊させかねない暴動が発生するようになりました。背景には、ソ連や中国など共産主義国家が台頭し、世界各国で共産主義化国家を建国しようとする運動が高まったためです。

 政府は、暴動を伴う過激な運動に対応するために、治安対策が緊急に必要となります。しかし、治安機関の大半は解体されたままで対応できませんでした。そこで、解体された戦前の治安機関の一部を復活させることになり、日本軍陸軍中野学校、そして外国スパイを摘発する防諜機関であった特高警察などから、所属していた者を集めて治安機関を再編します。

 こうして警察予備隊内閣調査室、そして法務庁特別審査局などが再編されました。当時は、緊急事態に対応する暫定的な治安機関という扱いに過ぎません。しかし、東西冷戦の開始とともに、共産主義運動への対応が継続的に必要となり、法整備されて常設の治安機関となります。

 警察予備隊は防衛省自衛隊、内閣調査室は内閣情報調査室、そして法務庁特別審査局は法務省公安調査庁となりました。これらは、40年以上の東西冷戦の中で組織改変され、情報収集する権限と機能を備えて、事実上の情報機関となりました。

 現在は、防衛省、内閣情報調査室、公安調査庁に、警察、外務省を加えて「情報コミュニティー」と呼ばれる情報機関の集合体を形成しています。ただ、いずれも情報収集を主体とする情報機関という法的枠組みであり、秘密工作活動を行うための法整備はされていません。

 故に、日本では、陸軍中野学校のような「対外諜報機関」が依然不在です。

「対外諜報機関」が不在である理由

 日本は、第二次世界大戦で敗戦して以来、戦後は一貫して、国際社会への協調が求められる立場です。特に、周辺国には、日本が植民地とした韓国、日本と対立する北朝鮮、そして第二次世界大戦の戦勝国である中国があり、常に配慮が必要です。

 配慮とは、敗戦国として戦争責任を常に問われ、戦前の日本へ回帰しないよう求められることです。例えば、憲法9条で戦争と軍隊を否定し、自衛隊という専守防衛のための最小限度の戦力を保持するにとどめています。

 こうした事情は、日本の国防に限らず、諜報においても同様です。日本の諜報機関は、自衛隊と同様に最小限度でなくてはならず、CIAのような本格的な対外諜報機関を設置できません。対外諜報機関には、他国との戦争準備のために情報収集する一面があるからです。

 日本が本格的な対外諜報機関を設立すれば、韓国、北朝鮮そして中国から、戦争準備を進めているとの批判を免れないでしょう。故に、内閣情報調査室は最小限度の情報機関にすぎず、警察、外務省、防衛省そして公安調査庁には、部分的な情報収集機能を持たせるにとどめているのです。

敗戦国として戦争責任に基づいた国家機関の構造

 日本は戦後一貫して、平和主義に立って国際協調するとともに、なぜ戦前に軍国主義を掲げて戦争へ突入したのかという原因を追求しました。その原因に基づいて、同じことを繰り返さないようにする仕組みを持っています。

 実は、この仕組みこそ、対外諜報機関の設置に消極的にならざるを得ない要因でもあります。

「外交一元化の原則」と「対外諜報機関」

 戦前の日本は、「外交一元化の原則」を逸脱していました。「外交一元化の原則」とは、外国との連絡や交渉などあらゆる外交を外務省のみが行い、他の省庁は、外務省を経由せずに外国と付き合ってはならないというルールです。

 戦前であっても外務省が外交を担っていましたが、軍国主義下では、陸軍海軍も独自に外交していました。世界各国の日本大使館には、外務省から外交官が派遣されましたが、別枠で陸軍や海軍から「駐在武官」と呼ばれる軍人も配置されていました。駐在武官は、陸軍や海軍からの指示に基づいて、現地国の軍人と独自に交渉したのです。結果的に、外国との軍事同盟がなし崩しに進められ、第二次世界大戦へ突入しました。

 戦後の日本は、「外交一元化の原則」を遵守しています。日本大使館には現在も、駐在武官を改めて「防衛駐在官」と呼ばれる自衛官が配置されています。ただ、外務省の管轄外になる交渉は認められず、主に現地国の軍人との情報交換にとどめています。内閣情報調査室、警察、公安調査庁などからも職員が派遣されていますが、こちらも同様です。

 外務省は、外国における日本政府の活動を一元的に管理するため、同じく外国で活動する対外諜報機関の設置には消極的です。外務省の仕事は原則、外国政府と良好な関係を構築することですが、対外諜報機関は、スパイ行為という好ましいと言えない活動を外国政府に仕掛けるためです。スパイ行為が外国政府と何らかのトラブルになれば、外務省が外国政府から抗議され、謝罪しなければなりません。

 対外諜報機関の設置に当たっては、外務省の立場への配慮が必要でしょう。

「対外諜報機関」と「治安一元化」

 戦前の日本は、外国での「外交一元化の原則」と同様に、国内では治安活動も一元化されていませんでした。近代国家では原則、警察が治安維持を担っており、警察が設置されていない国は存在しません。

 戦前であっても警察が治安維持を担っていましたが、他にも逮捕権を有する治安機関が存在していました。例えば、日本軍に所属する憲兵隊があります。憲兵隊は本来、軍内部のルールを破った軍人を捜査して逮捕することが任務です。しかし、軍国主義下では、政府を批判する民間人にまで捜査や逮捕をしていました。

 また、警察内部にも、特別高等警察(特高警察)という治安機関が別個に存在しました。特高警察は、警察施設を拠点としながらも、政府を批判する者を独自の方針で捜査して逮捕しました。国民は警察のみならず、憲兵隊や特高警察からもいつ逮捕されるか分かりませんでした。

 戦後の日本は、警察が治安維持を一元的に担うという原則に立ち返りました。現在も、麻薬取締部や海上保安庁など逮捕権を有する治安機関が他にも存在します。こうした治安機関には、警察から人員が派遣され、警察との連携や調整が図られるようになりました。

 警察は、外国で活動する対外諜報機関の設置とは一見、関係がありません。しかし、戦後を通じて対外諜報機関が不在な中、代わりに警察官が日本大使館に派遣されて、現地で情報取集する実態が続きました。これは、治安の一元化が事実上、国外にまで延長された結果であり、警察は同じく外国で活動する対外諜報機関の設置に消極的です。

 ただ、これは国際的に異例な形式です。警察は、近代国家のルールに従うと「法執行機関」に当たります。「法執行機関」とは、逮捕など法律に定められた強制権限を実行する組織を指しますが、その活動は原則、主権国家の権限が認められる国内に限られます。そもそも対外諜報機関は、主権国家の権限が及ばない外国で活動しますので、国内法で定めた強制権限を有する道理がありません。実際、世界最大の対外諜報機関である米国の中央情報局(CIA)には、強制権限が与えられていません。

 「法執行機関」が、外国で情報収集するという歪みが存在する限り、対外諜報機関の設置は、一筋縄にいかないでしょう。

「スパイ防止法」と「防諜機関」の不在

 日本では、「スパイ防止法」が不在であり、同法によって他国のスパイを摘発する「防諜機関」もありません。この現状で対外諜報機関を設置すれば、重大な問題が生じかねません。

 度々報道されるように、外国に潜入していたスパイが摘発されることは珍しくありません。世界各国では、「スパイ防止法」やこれに準じる法律に基づき、他国のスパイ活動を取り締まる体制があるためです。

 故に、対外諜報機関は、外国で自国のスパイが逮捕された場合に、その身柄を釈放して母国に帰還できるよう措置が必要です。ここでスパイの身柄交換が行われます。スパイの身柄交換とは、拘束した他国のスパイを釈放する代わりに、他国で拘束された自国のスパイを釈放してもらうことです。

 例えば、東西冷戦中は、米国とソ連との間でスパイの身柄交換が何度か行われています。最近でも、2024年8月に、米国やロシアを含む7か国の間で囚人24人が交換されており、スパイの身柄交換とみられています。

 身柄交換に当たっては、そもそも他国のスパイを拘束しておく必要があり、スパイの摘発体制が整っていない日本が相手では成立しません。現状では、日本のスパイが海外で摘発されたら、母国に戻る機会を永遠に失いかねないのです。

「スパイ防止法」に向けた法整備の開始で「対外諜報機関」の設立へ

 日本では2022年から、経済安全保障法制という法整備が始まりました。その中には、米軍基地や防衛関連施設などの周辺における土地の利用状況を調査し、必要があれば利用を規制する規定があります。

 表向きは、不動産取引という経済的な観点から安全保障が図られた法律ですが、各国の軍事基地周辺でスパイ活動を活発化させる中国が念頭に置かれています。つまり、日本においても事実上の「スパイ防止法」に向けた法整備が始まったと考えられます。

 今後は、経済安全保障法制の枠組みを拡大し、スパイ行為に関する規定を盛り込んでいけば、「スパイ防止法」と何ら変わらない法律へ生まれ変わることも可能です。そして、「対外諜報機関」の設立に向けた体制がようやく整うことになります。

以 上

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