スパイエンタメ解説・アニメ「SPY×FAMILY」(スパイファミリー)第02話004:スパイの常軌を逸した嘘の技術が生じる理由

スパイエンタメ解説記事

第02話004:スパイの常軌を逸した嘘の技術が生じる理由(SPY-EN009)

「妻とは2年前に死別しまして・・・今は男手だけでこいつを育てています」(『SPY×FAMILY』第02話より引用)

 黄昏は、母親を欲しがる娘役アーニャからせがまれたこともあり、ヨルを妻役に選定することに決めます。母親がいないと訝しむヨルに対し、事前に想定した身分偽装のストーリーを説明します。

 この時点で、黄昏は、ヨルの異状に対する観察と情報収集を一旦終えて、「機会接触」という工作上のプロセスに入りました。機会接触とは、スパイが協力者を構築するための最初の一歩となる「初回接触」で用いる手法の一つです。要するに、面識のない初対面の段階において、知り合いになろうと話しかけることを意味します。

 いかなる人間関係も、初対面なくして成立しません。この初対面は、一般的に特段の意識もせずに行われています。例えば、後に親友となる人であっても初対面は必ず存在しているはずですが、具体的に初対面時にどのようなやり取りをして、その後どのように仲良くなったのか、覚えているのは稀でしょう。

 しかし、スパイは、工作対象とした者との間で意図的に人間関係を構築する技術を磨いてきた者たちです。一般的に意識されていない初対面から仲良くなるまでのプロセスを、用意周到に計画し、実行することを一種の技術としているのです。そして、この技術の一つとして、ごくありふれたシチュエーションで単なる偶然を装って話しかけるという「機会接触」があります。

 黄昏は仕立て屋の店内で偶然、自らの背後を取った女性に対して、観察眼と情報収集力を働かせていましたが、これが逆にその女性から探知されてしまい、向こうの方から話しかけられてしまいました。これは「機会接触」という偶然を装う接触手法の点で、望ましい状況と言えます。機会接触では、スパイの側から対象者に話しかけることが常であるため、対象者から話しかけられるというのは、より自然な形で会話に入っていくことが可能なためです。黄昏は、こうしたチャンスを捉えて、妻役の候補者との機会接触を進めることにしたのです。

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第02話より引用

「先の読めないこの時代・・・娘にはどうしてもいい学校に入ってもらいたくて・・・それは亡き妻の遺志でもあるのです」(『SPY×FAMILY』第02話より引用)

 黄昏は、偶発的な初回接触でありながら、ヨルから恋人役になってほしいとの予想外の提案を受けます。これはスパイ一般的に、初回接触として異例な速度で人間関係が進んでいることを意味します。なぜなら、ヨルは、同僚のパーティーで同伴してくれる恋人がいないという悩み事を打ち明けるとともに、その解決策を黄昏に求めているからです。

 ヨルにとって、こうした悩み事は、誰かに打ち明けることに消極的にならざるを得ず、誰にも知られたくない秘密のはずです。しかし、初対面の黄昏に対しては、逆に、自らの周囲の知人に秘密が漏れる可能性が少ないと判断したのか、早々に打ち明けています。こうした展開の早さは、黄昏にとっても有利に働く事情があります。

 スパイは、対象者と人間関係を構築するプロセスにおいて、対象者との間でその秘密を打ち明けられつつも、口止めされて秘密を共有することを歓迎します。これは、誰にも話すことができない秘密を打ち明けてくれるのは、それだけ信用されている証の一つと考えられるためです。スパイと対象者との間でこうして秘密が共有されることは、工作が次の段階に至ることも意味します。

 黄昏は、ヨルの提案を引き受ける代わりに、娘役アーニャの入学試験に妻役として同伴してほしいとの交換条件を出しました。ヨルにとっては切実かつ本当の悩み事である一方、黄昏にとっては、任務上の必要性から創作したストーリーですが、双方は、互いの悩み事を助け合うことで同意しました。

 そして、黄昏は、妻役の候補者に対して説明する可能性が高いとして想定しておいたセリフを口にします。自らの「悩み事」に対し、ヨルから共感を得るために

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第02話より引用

「父嘘つき」(『SPY×FAMILY』第02話より引用)

 黄昏の身分偽装上の娘役として選定されたアーニャは、人の心を読むという超能力に恵まれています。アーニャは、互いの悩み事を打ち明け合う黄昏とヨルのやり取りを間近で見守っています。

 そして、黄昏が口にした創作ストーリーを聞いて心の中で密かに「父嘘つき」と囁きます。アーニャのこうした囁きは、本作の開始から断続的に行われるものであり、アーニャが黄昏の嘘を目の当たりにするたびに行われます

 アーニャは、父役の黄昏を「嘘つき」と指摘しているわけですが、これは果たして、アーニャが黄昏を「嘘つき」不信に思っているのでしょうか。嘘をつく黄昏を見るアーニャの目は、「ジト目」になって怪しむ視線を放っています。しかし、アーニャは、黄昏を単なる「嘘つき」と考えて、不信感を露わにする様子が一貫して見受けられません。それでは、アーニャの言う「嘘つき」とは、どのような性質のものでしょうか。

 スパイは、嘘をついて仕事します。嘘をつかなければ、仕事ができないと言って差し支えありません。スパイが嘘をつかなければ、極論すると、諜報活動を通じてでしか確保できない国家と国民の平和と利益を失うことも意味します。故に、スパイは、嘘の使い手であり、嘘を本当と信じ込ませる達人でもあります。アーニャにとって、黄昏が単なる「嘘つき」とならないのは、黄昏の無数の嘘が、アーニャに不信感を与えるどころか、逆に信用を得る結果になっているからでしょう。嘘を本当と信じ込ませることで信用を得ているのです。つまり、ばれない嘘をつくことの本質が垣間見えます。

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第02話より引用

スパイに求められるばれない嘘の技術

 嘘こそ必須の武器である以上、スパイには、どこまでも嘘を洗練させるための訓練と技術が求められます。

 かつて、中国共産党の指導者であった鄧小平は、「黒い猫でも白い猫でもネズミを捕るのが良い猫だ」と述べたことで知られます。これは、近代諜報機関のスパイの間で取り上げられることがあります。要するに、いかなる猫(スパイ)であってもネズミ(情報源)を捕るのが良い猫(スパイ)であるということです。

 スパイの世界では、一般的に、ネズミを狩る猫こそがある種の理想的なスパイ像と見る向きもあります。猫は、排尿の痕跡を隠し、足音を立てずに移動するなど自らの存在をひた隠しにすることに長け、睡眠中ですら周囲への警戒を怠らないことで単独活動に徹し、周囲に異常を感じ取ればたとえ睡眠中であっても瞬時に全力で動作します。そして、ネズミの微かな痕跡を目と耳で感じ取ると、執念深く狙って捕食しようとします。

 ただ、スパイは、これだけでネズミという情報源を獲得することができません。猫とは違い、身分偽装をはじめとして無数の嘘をいついかなる時もつく必要があるからです。

 そして、単に嘘をつくだけでしたら誰でもできます。むしろ、人間社会で嘘をついたことがない人間は、皆無と言って差し支えないでしょう。海外で行われたいくつかの科学研究によれば、人間は一日平均で2回から3回の嘘をつき、こうした嘘をつき始めるのは早くて3歳から4歳頃とされます。

 嘘とはこれほど人間の身近に存在するものですが、その大半は、特段の意識も思考もされておらず、半ば漫然とつかれているのではないでしょうか。こうした中途半端な嘘は容易にばれてしまい、社会的信用を失うおそれがあります。スパイは歴史的に、近代科学が生まれる遥か以前から、嘘を科学的に研究して実践してきた者たちでもあります。その理由は、いかにしてばれない嘘をつくことができるかが不可欠なためでしょう。

身分偽装こそ嘘の上手い下手が試される「登竜門」

 スパイは、様々な種類の嘘を使い分けます。実は、嘘にはいくつかの種類が存在しており、決して単一ではありません

 例えば、ばれないようにするために、①論理的につく嘘、②感情的につく嘘、③論理と感情を混ぜた嘘の3つに分けることもできます。また、①ばれないことを前提とした嘘、②ばれても問題ない嘘、③ばれたところで嘘と認めない嘘の3つに分けることもできます。さらに、①他人を騙す嘘、②自分を騙す嘘、③自分と他人全てを騙す嘘の3つもあります。

 嘘は、人間の歴史で、生存と繁殖のための処世術として用いられてきた一面もあり、研究と実践が最も長期にわたる古(いにしえ)の科学なのです。これは、スパイという仕事が古来から存在していることと相関しており、嘘とスパイは、切ってもきれない関係と言えます。

 そんなスパイにとって、最も身近に嘘をつく機会があるとすれば、それは身分を偽る時です。身分偽装は、スパイにとって「嘘つきの登竜門」に近く、新人スパイが最初につく嘘と言っても不自然ではありません。逆に言えば、身分偽装に必要な嘘をつくことができなければ、それは、スパイとして失格であり、そのほかの様々な嘘を無数について任務をこなすことなど到底不可能です。嘘の上手い下手が端的に試されるのが、身分偽装に必要な嘘というわけです。

 黄昏は、「一人娘の父親」「精神科医」という偽装身分を片時も忘れず、その上でスパイという実際の身分に基づいて任務を遂行しています。嘘と本当の身分を同時かつ意識的に区別しながら、その時々に応じて嘘と本当を使い分けているのです。これは、嘘をつく高い技術が求められるのが常ですが、造作もなく使いこなしているあたりは黄昏がいかに一流のエージェントであるかを物語っています。

多様多彩な嘘の使いこなしこそスパイに求められる素養

 身分偽装に必要な嘘は、あくまでも数ある嘘の種類の中で一つに過ぎません。身分偽装を実践できても、敵対者の中に情報源を構築し、情報を入手しなければ、スパイの任務は全うできません。

 身分偽装という嘘の次には、工作対象者との接触に必要な嘘も必要です。接触すれば、対象者と人間関係を構築するための嘘、人間関係を深化させて仲良くなるための嘘、情報を引き出すための嘘、引き出した情報に対価を与えるための嘘、こうした人間関係を口外させないための嘘、対象者が自組織から疑われないようにするための嘘など、必要とされる嘘の種類と量は限りがありません。

 それも、こうした限りない嘘に整合性を取りつつ、持続可能な嘘を積み上げていかねばならず、数ある嘘の中で一つがばれたとしても、他の嘘がばれないよう注意する必要もあります。まさに「嘘で嘘を塗り固める」ことの繰り返しとなり、これは俗に言えば、決して褒められることではなく、近い将来に不幸を招くという悲観の産物となるでしょう。

 しかし、スパイは、「嘘を嘘で塗り固める」ことが至上命題であり、「嘘を嘘で塗り固めること」の弱点と悪行を克服し、「嘘を嘘で塗り固める」ことでしか得られない公の信用と利益を実現する仕事です。例えば、黄昏が、娘役アーニャから「父嘘つき」と心中で度々つぶやかれながらも、世界の平和のために、そしてささやかな家庭の平和のために「嘘を嘘で塗り固める」ように。

ばれない嘘の積み重ねの先にあるもの

 スパイが、ばれない嘘を積み重ね続けることで、いかなることが起こり得るのでしょうか。一般的に、人間社会では、嘘はいつか必ずばれてしまい、嘘をついた者は周囲から批判されて信用を失うため、幼少の頃から嘘をついてはいけないと教えられます。それでもなお、嘘をつき続けた者は、やがて犯罪や非道行為にまで手を染めてしまい、多くの人間を不幸に陥れた結果、悪質な犯罪者として社会的制裁を受ける結果になります。結局、嘘をつき続けることには、どこかで人間の限界に行き着くのです。

 しかし、そもそもスパイは、こうした人間の限界を前提と自覚した上で、嘘を訓練して嘘をつき続けます。数々の悪質な嘘によって社会的に堕落し、制裁を受け、堕落した人間の末路を事例研究してまで、ばれない嘘をつき続けることを自らの任務とします。

 こうした結果、スパイがつき続ける嘘は、人間社会でありふれた嘘とは次元と異なるくらいにまで真実味リアリティーを備えることになります。数多の嘘が集まると、あたかも一つの線を形成するかのように集合体を形成し、どこから見ても人間の心理に染みわたる一種のストーリーが出来上がるのです。

 ストーリーとは、小説、映画、ドラマ、漫画、ゲームなどでありふれた筋書きであり、人間社会では、近代科学が誕生する遥か以前から娯楽作品として親しまれてきました。時には、宗教の教えを広めるために、神と世界の誕生から人間の発祥そして現代に至るまでをストーリー形式で書籍に記録されることもあります。こうしたストーリーの中には、多くの人間を魅了し、信じ込ませるものも少なくなく、やがては、宗教、文化、娯楽、学問など多岐にわたって人間社会で定着していきます。もちろん、こうしたストーリーが嘘などと考えられることもありません

 つまり、スパイが嘘をつき続けることで、最終的に嘘であったことが嘘でなくなってしまい、嘘の山積がストーリーにまで発展するのです。

一流のスパイは一流のストーリー・テラー

 嘘をストーリーとして完成させることで、つまり嘘を嘘でなくすことこそ、スパイの究極目標です。一流のスパイともなると事実上、一流のストーリー・テラーともなります。

 嘘はいつか必ずばれるものであり、人間としての限界があります。これは、嘘を技術として鍛え続けたスパイといえども例外ではありません。それでも嘘をばれないよう積み重ねるためには、嘘を嘘でなくす以外に方法がありません。ストーリーとして、誰にでも話聞かせるくらい普遍性が高く完成度があり人間の感情を揺さぶる要素を散りばめることができれば、それはもはや嘘の領域を超えた創作作品です。人間は、様々な娯楽作品に興じるため、こうした娯楽作品の中にスパイの嘘を創作物の一つとして紛れ込ませるといったところです。

 ストーリー・テラーのレベルにまで嘘を変質させた一流のスパイは、一見すると自然体にしか見えず、一般人とほとんど見分けがつきません。ただ、生活と人生を全て、嘘をつくことに捧げてきただけあって、あたかも呼吸するかのように嘘をつきます。嘘を呼吸と同様の数だけつき続けるのです。まるで、嘘をつかなければ窒息死してしまうかのように。

 1回の嘘は、「ただの嘘つき」であり、大抵の場合、何回かの嘘をつくことで嘘であるとばれてしまうでしょう。それでは、100回嘘をついてばれないとすれば、それはもはや嘘と言えるでしょうか。独裁者ヒトラーの下で宣伝大臣を務めたヨーゼフ・ゲッベルス「嘘も百回言えば真実となる」などと発言したとされます。これは、何もナチスドイツに限った話ではなく、人間の嘘が歴史において果たしてきた功績と悪行を端的に示しているに過ぎません。

 仮に、100回の嘘で真実となるならば、生活と人生を全て捧げて嘘をつき続けたら、それは、真実以外の何物でもなくなるでしょう。一流のスパイは、世界を揺るがすような超高度情報を入手する存在ですが、その裏の顔は、ハリウッド娯楽作品の演出家や脚本家に本質的に匹敵するストーリーテラーなのです。いかなる者ですら、納得させるばかりか感動させてしまうストーリーを紡ぎ出すことで、あらゆる敵対者を自分が創り出した世界へ引き込み、情報源に仕立て上げてしまうのです。

 黄昏は自他と共に認める一流のスパイであり、もちろんストーリー・テラーとしての素質を備えています。その一端は後に、「ストリクス」作戦の対象者デズモンドと初めて接触した際に垣間見られることになります。

一流のスパイはもはや本質的に一流の作家と相違がない。スパイが嘘をつくことと作家が作品を創作することは、思考プロセスが似通っているよ。真実味とリアリティーを持たせ、多くの人々に読み聞かせて、自分の世界へ引きずり込むストーリーを、どのように作り上げるかという意味で。

一流のスパイって、冷静な現実主義者のように見えて、実は理想主義者のような創造性まで兼ね備えているのか・・・もはや人間業とは思えない・・・

以 上

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