スパイエンタメ解説・アニメ「SPY×FAMILY」(スパイファミリー)第01話002:家族と本来的に縁遠いスパイという仕事

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第01話002:家族と本来的に縁遠いスパイという仕事(SPY-EN002)

新たな任務の接触対象者の指示と関心事項の説明

 黄昏に対し、組織からの伝達事項の中で、次の任務の対象者として指示されたのは、国家統一党総裁ドノバン・デズモンド。組織が、デズモンドに対する関心事項として示したのは、同人が東西平和を脅かす危険人物であり、その不穏動向の把握です。同人は、「用心深くなかなか表舞台に顔を出さない」とされますが、この設定は、現実のスパイ活動においてもよくあるパターンです。スパイが狙う高度情報の持ち主ともなると、組織や国家の中枢で要職にある重要人物にならざるを得ず、そもそも一般人がこうした重要人物に会うことは容易にできません。そして、スパイは、一般人の身分を装って接触することが常であるため、接触するためのチャンス、つまり接触条件を探す必要があります。


 こうした接触条件は通常、個々のスパイが対象者に対する基礎調査を行う中で把握し、次に、接触機会の選定接触時の身分設定を検討することになります。ただ、本作では、組織から接触条件、接触機会及び身分設定いずれも指示されています。このため、デズモンドについては、組織が別のスパイを使って、基礎調査をすでに実施しており、その中で接触条件、接触機会及び身分設定を把握済みと考えられます。そして、実際の接触については、組織内で敏腕と名高い黄昏に指示したのでしょう。基礎調査の場合、凡庸な情報収集能力を有するスパイであれば事足りますが、接触して人間関係を構築し、情報を引き出すという工作ともなると難易度が一気に上がるため、組織の中でもごく少数のスーパースパイでしか任務に耐えないというのが実情です。故に、組織は、デズモンドに対する接触について、黄昏を指名したのでしょう。本作冒頭における局長自らの任務説明には、そんな意味があるかもしれません。
 そして、組織から指定された身分設定とは、一児の父親ということでした。

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用

対象者デズモンドとの接触条件は息子の学校における懇親会会場

 デズモンドは、用心深いとされるため、その接触機会は、息子の通う名門校で定期的に開かれる懇親会しかないことが把握されています。黄昏が最初にやるべきは、①接触機会に応じて接触条件を充足させること、次に、②接触に向けた機会を窺うことの2点となります。


 接触条件としては、黄昏が、対象者が出席するとされる懇親会にありふれた形で参加するため、名門校に通う父兄の一人となる必要があり、この身分を入手する偽装工作が求められます。身分偽装するために、名門校に通う児童が必要であり、黄昏は、この児童を探すに当たって、ある孤児院を訪問します。
 こうした偽装工作は、スパイにとってよくある日常業務の一つですが、この業務に費やす金と時間と手間は、一般的なレベルでは到底信じられないほど多大になることがあります。

家族という偽装工作と家族を利用した機会接触

 スパイは、任務遂行のため、異国の地で年単位にわたって潜伏することは珍しいことではありません。任務遂行に必要な条件、例えば、本作で言えば、デズモンドとの接触条件の充足に当たりますが、これを満たすためには、潜伏自体が継続可能な条件を想定しなければなりません。特に、若年中年問わず、いい年した外国人男性が一人暮らしを続けていれば、周囲から奇異な目に見られることは当然でしょう。故に、現地人女性と婚姻して、子供を宿すことで家庭を築くことが、潜伏を継続可能にする常套手段として用いられます。実は、家族ほど、スパイにとって都合の良い身分偽装上の設定は存在しません


 スパイにとって、家族は、身分偽装のみならず、情報収集活動においても有効な手段となります。例えば、本作では話数が進むと、デズモンド本人に接触するに当たって、その息子にアーニャを接近させて関係を構築させるという「ナカヨシ作戦」が実行されますが、これは工作上の常套手段の一つです。スパイの間では、「機会接触」とも呼ばれる手法であり、デズモンドのように警戒心が強くて、表舞台に姿を現すことが皆無な対象者に対し、そもそも接触する機会が無いのならば、スパイの側で接触するための機会を作為的に作り出せば良いということです。

 組織から黄昏に対する接触指示は、懇親会とされていますが、任務を実行するスパイにとっては必ずしも組織からの指示内容に限定される必要はなく、工作を進めていく段階で、組織が把握できない接触条件が浮かび上がることも少なくありません。アーニャをデズモンドの息子に接触させ、両者の関係構築を経て、これをきっかけに両親が面識を得る機会を作るというのは、自然な流れといえます。


 むしろ、定期とはいえ開催時期が限定されている懇親会においてデズモンドとの接触を図るよりも、子供同士の関係構築を経て接触を図る方が、接触機会が限定されないためにより有効でしょう。ただ、子供同士の関係構築には、何よりも時間もかかりますし、黄昏自身ではなく、娘役のアーニャに動いてもらわねばならず、アーニャの持つ人間関係の構築という工作能力が問われます。アーニャとデズモンドの息子との相性次第のところもあり、不確定要素が尽きません。実際、本作では、アーニャとデズモンドの息子との間で仲違いも描かれています。

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用

情報戦で徹底されるのは任務に関係する家族への基礎調査

 いずれにしても、家族を偽装することは黄昏にとっての既定路線であり、自分自身の家族になってくれる候補者を探すことになります。黄昏は、娘役としてアーニャを選定し、孤児院からその身柄を譲り受ける一方、アーニャ自身の過去の経歴を調べることで不審点や問題点を洗い出します。そして、不審点や問題点が把握されたら、候補者から外そうとしており、偽装工作上で支障が生じないよう苦心していることが分かります。話数が進むと、妻役としてヨルを選定しており、その基礎調査も行なっています。

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用

 同時に、対象者デズモンドについても、その家族関係を洗い出されており、これは、組織による基礎調査によるものでしょうが、息子2人についても一通り把握されています。
 さらに、黄昏は、対象者デズモンドの家族ではありませんが、東側のスパイとされるエドガーについても、直前の任務に関係する敵対者として、その娘カレンと機会接触し、恋人に至るまで関係構築しています。そもそも、カレンに近づいた時点で、エドガーの娘であることを把握済みであり、ここにおいても家族に対する基礎調査が徹底されています。


 実際、黄昏は、エドガーと対峙した際、背後から銃を突きつけながら「カレンは元気かい」と問いかけ、「貴様なぜ娘の名を・・・」と驚くエドガーに対し、「知っているさ」、「それがスパイの仕事だ」、「身長・体重・足のサイズ好きな食べ物から身体中のホクロの数まで」と明かしています。スパイとスパイの情報戦ともなれば、互いの情報量が優劣に直結するため、エドガーは、自身の家族に関する情報が敵対者の黄昏に入手されている時点で、勝負は決まっています
 一方、黄昏は、冒頭の述懐で、ありふれた形で幸福を求めることを放棄していることが窺われ、妻子を持っていないと考えられます。つまり、家族を持つエドガーと家族を持たない黄昏の間では、とうの昔に勝敗が決しているのです。

家族は情報戦における攻撃上の最大要素

 熾烈な情報戦に身を置くスパイにとって、自らが養う家族とは、敵対者から攻撃目標にされかねない危険な要素となります。情報戦とは、社会の裏側で密かに進行される戦いであり、社会における法律、ルール、道徳などが全く適用されません。それでも適用してしまうと、スパイの存在や活動が公に知れてしまうため、情報戦では、互いにどのような卑怯なことをしても構わない仁義なき世界となります。


 卑怯もへったくれもない戦いともなれば、いかに敵対者の弱点を把握して、攻撃できるかが焦点となり、敵対者の家族を目標にすることは当然の流れといえます。どれほど訓練と実践を重ねたスパイと言っても、やはり人の子であり、そもそも木の股から生まれてきたわけではありません。実際、愛する家族を持ちながら、世界中を駆け回るスパイは少なくありません。


 しかし、スパイである以上、自らの家族に明白かつ現実の脅威が及ぶ事態は否定できません。故に、スパイは、家族を自分自身から遠く離れた場所に置き、遠方の家族と会うに際しては、自らの行動に何らかの尾行や追跡調査が行われていないかなど保全を図ります。黄昏自身も述懐していましたが、名前も顔も捨てたスパイにはそもそも、結婚をはじめとした家族など縁もゆかりもないわけです。
 一方、エドガーは、娘を自らの近辺に置いていたため、黄昏から工作対象にされてしまい、籠絡されて情報を引き抜かれたわけです。そして、黄昏と対峙した際、「おまえが娘思いなのはよく知っている」、「彼女がささやかな日常を送れることを願うなら」、「二度とオレに関わるな」と明白な脅迫を受けたのです。

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用

家族は情報戦における保全上の弱点要素

 エドガーの例を挙げるまでもなく、家族は、情報戦における防御上の弱点要素ともなります。極論を言えば、スパイは家族を持たない方が望ましく、そもそもスパイになる前の段階で、家族を持たないことを覚悟する必要すらあります。仮に、家族を持ったとしても、敵対者から攻撃される可能性を低めるために、家族と共に生活することは避けた方が得策です。


 黄昏は、家族を持たないと考えられますが、それ故に、数々の情報戦において家族の存在を顧みることなく情報収集を積み重ね、組織の中で敏腕と目される評価を受けたのでしょう。これまでは、家族の不在が黄昏にとって、有利に働いてきましたが、「ストリクス」作戦においては、家族を偽装する必要性に迫られており、任務実行上の攻守の要として家族を利用することになります。
 つまり、家族を偽装することで対象者との接触条件を整え、家族を対象者の家族に接触させることで接触機会を窺いつつ、敵対者や敵対組織から家族に対する脅威を排除しなければなりません。黄昏のアーニャとの接触状況から、黄昏は、家族の偽装工作に関して過去の経験を有していないようにみられ、「ストリクス」に至って、家族と縁を結ぶ初めての機会を得たようです。黄昏が、家族というスパイの足枷になり得る要素を抱えることで、本作のストーリー展開は本格化するという構成です。


 黄昏は、エドガーと対峙し、その娘カレンに対する脅迫の台詞を残してその場を立ち去ると、直後にアーニャと再会し、共に家路へつきます。これは、他者の家族を脅迫した舌の根も乾かぬうちに、家族となったアーニャに対し、思いやりのある言葉をかけたという点で、黄昏が今後、家族をめぐる複雑な境遇に身を任せていくことを示唆しています。

元スパイ・クマさん
元スパイ・クマさん

スパイが家族を持つということは、時に許されない事情に直面することになるよ。スパイを目指すに当たっては、家族を持ちたいか持ちたくないかを考えておいた方がよいかも。

新人スパイくん
新人スパイくん

家族を持てないかもしれないなんて、スパイとは、どこまでも孤独に耐えることが求められるのか・・・

家族と縁遠いスパイの本質と家族でしか得られない感情をない混ぜにしたストーリー

 家族を必要としてこなかった黄昏は、家族を必要とする任務を引き受け、アーニャとともに家族を偽装することになりました。黄昏は、アーニャについて、任務に必要な間だけ娘役をやらせて、任務が完了すれば、元のとおり孤児院へ送り返すつもりでいます。これは、スパイとしては、至極当然の処置であり、アーニャは娘役のそれ以上でも以下でもないという冷徹な判断によるものです。


 しかし、スパイも人の子であり、現実的にも家族を養うスパイは少なからず存在します。黄昏は、ストーリー初期において、飽くまでもアーニャを任務上の娘役と認識しているようですが、ストーリーが進むにつれて、あたかも実の娘のように情が移ることもあり得ます。というよりも、家族関係に希薄な黄昏が、初めて家族を養うことになって、感情が揺さぶられることこそ、本作における重要な展開の一つと言えるでしょう。


 ただ、任務上の娘役に対して、任務に必要とされる以上の感情を有することになれば、冷徹な判断能力が削がれてしまい、任務の達成どころか、黄昏自身ですら危険に晒しかねません。エドガーのように家族を脅迫される事態ともなれば、自身の任務は継続不能となって失敗するかもしれません。家族に脅威が及んだとして、これを排除しようとすれば、そこで新たな障害や問題点が発生してしまい、任務達成が一層困難な状況になり得ます。


 実際、スパイは、敵地における任務実行のため、それぞれの地域に馴染むように潜伏し、その存在に不審な目が向かぬよう現地人と結婚して、子供を宿すこともあります。時には、こうした潜伏活動の一端が明らかになることもあります。例えば、テレビ番組の特集によれば、家族が突然失踪して行方不明になったとのエピソードが報じられ、後日になって治安当局によって失踪者がスパイであった可能性が指摘されることもあったそうです。これは、スパイが任務の完了に伴い、偽装した家族をある日突然置き去りにして、姿を消した事例とも考えられます。

 一方、数多のスパイの中には、こうして家族を偽装して潜伏活動しながらも、偽装のはずの家族に情が移ってしまい、任務を半ば放棄して、あたかも本当の家族の共に残る生涯を過ごす者がいたかもしれません。また、年月を過ごした偽装家族のことを任務以上に重要と考えるようになり、スパイとしての冷静な判断能力を失うことで、敵対者や敵対組織によって探知捕捉されてしまった者もいたかもしれません。一口にスーパースパイと言っても、中には、加齢や時間経過と共に、自らの能力を衰えさせる者もおり、残りを限られた人生で、家族を持つというありふれた幸せを求めるようになっても不自然ではありません。


 黄昏は、年齢不詳ながらも十分に若く、現役スパイとして心身とも充実しており、任務達成を自らの心の拠り所としているようにみられます。故に、結婚や家族に恵まれていない喪失感に乏しく、アーニャを娘役にするために里親を申し出た時も、飽くまでも任務達成のためと考えているようです。しかし、黄昏は、泣きじゃくるアーニャの姿の向こう側に、誰からも救いの手を差し伸べられずに泣いていた自身の幼少時代を重ねています。黄昏がスパイになり、スパイとして任務達成に取り組む理由づけは、「より良き世界のため」という公(おおやけ)に関わるものでありながらも、「子供が泣くことのない世界」という私(わたくし)に関わる部分も存在します。


 今後、黄昏の中にある公と私が相互にどのように作用するか、時には反作用するか、それによって、黄昏がアーニャという娘をどのように認識するのか飽くまでも公の任務のためか、それとも私の感情のためか、そして、「ストリクス」の成否、黄昏のスパイとしての資質や将来にどのような影響を与えるか、何よりも、仮初に過ぎなかった家族が仮初で終わるのか、それとも本当の家族になるのか、など今後に見所が満載です。

元スパイ・クマさん
元スパイ・クマさん

家族と縁の無かったスーパースパイが任務とはいえ家族を持つことになるとは、数奇な展開といえるね。この奇縁がスパイを含む多くの人々に対して、どのような家族像を示すか楽しみだ。

新人スパイくん
新人スパイくん

家族を養い、守りながら、仕事に精を出すなんて、ありふれたことなのに、スパイの場合は複雑な事情にならざるを得ないのか・・・

 本作は、家族をテーマにするに当たって、家族偽装に長けたスパイを取り上げ、血の繋がりのない家族像の一つを提示することで、血の繋がることが当然と受け止められがちな一般認識に疑念を投げかけているようにも考えられます。特に、話数が進むにつれて、血の繋がりの無さを忘却させるくらい親子や家族のありふれた交流や心情が描かれていき、血の繋がりが人間関係にどの程度意味や価値があるのか、そもそも血の繋がりを求める人間関係は家族のみであり、人間関係に血の繋がりを求められることは稀である、家族を形成する初期段階の結婚は血の繋がりが無い者同士で行われる、友人知人は言うに及ばず血の繋がりは人間関係を結ぶ上で関係ない、など血の繋がりの必要性に再考を促しているようにも見えます。
 血の繋がりは時に、人間を縛り付ける呪いともなり得るため、血の繋がりに関わらず、より良き人間関係を求める上で血の繋がりを考慮しないという価値観が強まっている中で、本作が登場して、世間の評価を受けたとも考えられます。現代社会は、生涯未婚率が上昇することで従来のような血の繋がりのある家族が形成される機会も減少していますが、それは、血の繋がりに対するこだわりが意識的に削がれていくという世相を反映しているかもしれません。
 そもそも、黄昏は血の繋がりの以前に、妻役のヨルとも夫婦を偽装しており、これは、法律の枠組みに基づく婚姻関係すら否定しています。血縁や婚姻といった法的枠組すらその表層を偽装するのみであり、黄昏もヨルも、任務や仕事のためにと自らに言い聞かせています。実質的には、他人であり続けることを選んだ両者が、気を遣い合い、互いを思いやる場面が描かれており、良好な人間関係にある家族を構成するためには、法的枠組など本来的に不要とすら考えられます。本作は、近代的な法的枠組が人間にもたらす安定と幸福の限界までも図らずも示してしまったかもしれません。

元スパイ・クマさん
元スパイ・クマさん

スパイは血の繋がりの有無に拘わらず、任務上の必要性のみで家族を作り上げる。必要であれば家族を作り、必要でなければ家族を作らない、という単純な合理性こそ、実は、家族に対するある種の理想を示しているかもしれないね。

新人スパイくん
新人スパイくん

家族を作るという概念が、時代の変遷を経て、従来と異なりつつあってもおかしくないです。スパイとは案外、奥の深い仕事ということですね。スパイを目指して邁進します!

以 上

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