スパイエンタメ解説・アニメ「SPY×FAMILY」(スパイファミリー)第01話003:スパイエンタメ定番の情報屋とアクションシーン

スパイエンタメ解説記事

第01話003:スパイエンタメ定番の情報屋とアクションシーン(SPY-EN003)

スパイエンタメにおける定番要素とは

 本作では、開始冒頭からスパイエンタメに見られる定番要素が登場します。それは、①「情報屋」と②「アクションシーン」です。これら2点は、古今東西のスパイエンタメを経て定番となり、もはやこれら無くしてスパイエンタメとは成立しないでしょう。


 これら2点は、現在に至るまで定番要素として定着していることもあり、スパイエンタメの制作側の事情としては、ストーリー開始直後に世界観を説明する上で、これほど都合の良い設定はありません。
 「情報屋」を登場させることで、主人公のスパイ活動における後方支援を網羅的に表現でき、スパイの現実的にあり得ない活動を端的に説明することができます。また、派手なアクションシーンを盛り込むことで、場の盛り上がりを演出することができ、隠密性を前提として地味になりがちなスパイの活動を一瞬にして華やかなものへと変えることが可能です。


 こうした制作側の事情と、視聴者の持つスパイへの定番イメージは、長い時を経て見事に噛み合っており、スパイエンタメは今後も制作されていき、視聴者を魅了し続けるでしょう。一方、スパイエンタメは、実際の諜報機関とスパイの本質と大きくかけ離れていることも事実です。故に、エンタメとしてのスパイと現実のスパイとは一見、無関係の代物と考えて良さそうですが、実は、相互に影響を及ぼし合っているという実情も存在します。
 本稿では、その実情を端的に説明します。

「情報屋」という情報に精通した謎の存在

 本作では開始冒頭から、フランキー・フランクリンなる情報屋が登場します。フランキーは、タバコ屋の店員に偽装しつつ、黄昏に協力するという設定です。そして、黄昏が「ストリクス」作戦の任務を受けて直後、娘役を偽装するアーニャの身辺調査を担当し、アーニャの素性を洗い出すことで、里子に何度も出されては施設に戻されていることを把握します。


 黄昏が家族を偽装工作する上で、必要な人材に対する基礎調査は作戦の初期段階で重要な要素です。一般的に、スパイは身分偽装を行う場合、偽装に必要になるのは主に人員場所であり、その関連情報の収集から着手します。人員と場所には、偽装工作を確実に支援してくれることが期待されており、その支援を実際に受けられるか否かという可能性を高めるために関連情報が必要となるのです。例えば、支援を求める場所の周囲に、敵対組織メンバーが居住していないか、立ち寄り先になっていないか、支援を求める人員には、特別な思想信条の持ち主であるか否かなどです。


 通常、スパイは、こうした関連情報を自分自身で集めるのが常であり、他者の手を借りるわけにはいきません。自分自身以外に基礎調査を任せることになれば、そこで任務内容に関する情報が漏洩する可能性を否定できないためです。同僚のスパイの手を借りると言っても、そもそもスパイは、他のスパイが何をしているのか知ってはならないという原則もあります。
 

 また、本国を遠く離れた任地であれば単独活動しか選択できず、基礎調査はやはり自分自身で行うほかありません。故に、偽装工作という情報収集に着手する予備段階においてすら、入念な基礎調査が求められることもあり、思いもよらない時間を要することが常です。この点で、黄昏は、敵地においても組織から各種支援を受けていますが、これは「ストリクス」作戦が組織を挙げて取り組む必要があると判断されているためと考えられ、例外というべきでしょう。

 スパイエンタメにおいて、スパイ活動の基本中の基本である地味な基礎調査を描くことは、物語の導入部分を冗長にさせてしまい、視聴者の視聴意欲を削ぐことになり得ます。このため、基礎調査を省略するために、「情報屋」という便利な存在を登場させるわけです。
 ただ、この「情報屋」を、スパイに必要なあらゆる情報を集めてくるというレベルにまで表現してしまうと、主人公のスパイ以上に情報収集能力を有するように見えてしまい、スパイ自体が必要ではないという印象すら与えかねません。このため、「情報屋」の取り扱う情報内容には、基礎調査の範囲内で把握し得る程度という制限をつけるように演出することが必要でしょう。

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用

スパイの隠密性を損なう「アクションシーン」

 本作では開始から間もなくして、黄昏と対立する東側のスパイとの「アクションシーン」が繰り広げられます。娘役になったばかりのアーニャが秘匿性のない通信を送ったばかりに、これが傍受されて、黄昏がスパイ活動のアジト(拠点)として設定した住居に敵対者のスパイが侵入したという展開です。


 黄昏は、アジトへの侵入を許した形跡を認めると、住居に押し入って侵入者と派手なアクションシーンを繰り広げます。そして、アーニャが侵入者に拉致されたことが分かると、東側のスパイのアジトに殴り込んで、やはり複数人とのアクションシーンに突入します。何とかアーニャを救出した黄昏ですが、「スパイ失格だ」と口にしながら脱出を図ることになります。


 スパイの活動は、隠密性が最重要であり、当然ながらいかなる場所においても複数人との間で乱闘に及ぶなどあり得ません。実際に及んでしまった場合、そのスパイは任務を直ちに中止して、本部から即刻帰還を命じられるとともに、二度と現場のスパイ活動の任務を受けることはないでしょう。


 なぜなら、人目を引くような大立ち回りを演じてしまえば、最も懸念されるのは、現地警察による事情聴取と身柄拘束です。警察から取り調べを受ければ、偽装身分が明らかにされる可能性があり、そうなれば身柄拘束されて、最悪は現地警察から防諜機関へ身柄を引き渡されるおそれがあります。防諜機関は、一般犯罪を取り締まる警察と異なり、自国以外による諜報活動の取り締まりを専門としているため、スパイの活動実態を把握して、最終的には国際問題にまで深刻化させてしまいます。つまり、国益のためのスパイ活動が、結果的に国益を損なう事態を招いてしまうのです。

 したがって、スパイが派手なアクションシーンを演じることは現実に厳禁とされているのは当然と言えます。しかし、スパイエンタメでは、スパイの特殊能力を演出するため、派手なアクションシーンが必須です。実際、スパイが特殊とも言えるスキルを有していますが、これは、諜報機関の内部で秘匿されて一切公開されていません。また、そもそもスキルとしてあまりに抽象的かつ属人的な部分が多く、職人肌の多いスパイの世界では、共有されることがほとんどありません。こうした現実的なスパイのスキルを、スパイと何らの関係もない者がエンタメの一環として表現することは不可能です。
 そもそも、エンタメである以上、スパイの現実を描く必要はなく、これを補完するようにアクションシーンが演出されるのでしょう。

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用

スパイエンタメとして成立させる代わりに生じた実態との食い違い

 「007」や「ミッション・インポッシブル」など著名なスパイ映画シリーズに見られるように、スパイという存在は、一般人には理解不能な特殊能力の持ち主と演出されています。スパイは、裏社会を生きているため、一般人からそもそも認識されないので、スパイを描くに当たっては、その実態よりも、特殊性を押し出した方が大衆娯楽として成立しやすいのです。
 一般人に偽装して長期に渡る地道な潜伏活動を表現するなど、視聴者からは求められていないのです。特殊性を演出する前提条件として、「情報屋」や「アクションシーン」が成立しており、その意味で本作もまた、スパイエンタメの王道に沿って描かれ、好評を博しているのでしょう

条件設定のために必要とされる背景事情

 むしろスパイの実態を娯楽作品で描くこと自体が事実上不可能です。そもそも、作品制作に携わるスタッフもまた、スパイと情報の世界を知っているはずがありません。

 もちろん、本作原作者についても、本作発表に至るまで20年近く漫画制作に関わっており、スパイと情報の世界と何らかの接点を有していたように窺われません。故に、本作制作に当たって、スパイに関する参考資料を集めて、これを根拠に舞台設定やストーリー展開を行なった形跡が見受けられます。
 本作の舞台設定やストーリー展開には、スパイの実態と一致する部分が少なくありませんが、一方、参考資料のソースが西側諸国の諜報機関の外国語ソースに発したものであり、日本国内の諜報機関の日本語ソースから発したものは含まれていないとみられます。故に、舞台設定やストーリー展開の一部にスパイの実態と食い違う部分も存在しています。

劇中における「ハンドラー」の取り扱い

 例えば、話数が進むと、黄昏の上司に当たる管理官シルヴィア・シャーウッドが登場しますが、本作の原作漫画では、管理官に「ハンドラー」とのルビが振られています。本作のアニメ版においては「通称:ハンドラー」と表記されています。この「ハンドラー」(handler)とは、一般的に「支援・手助けをする人やもの」(「コトバンク」参照)と説明されていますが、西側諸国の諜報機関では「運営担当者」を指す英語の専門用語でもあります。

 「運営担当者」(ハンドラー:handler)とは、情報提供者や協力者(敵対組織に言わせると「スパイ」)を管理する諜報員(エージェント)を指していますが、本作では、「スパイ」である黄昏を管理することから、シルヴィア・シャーウッドは「ハンドラー」と称されているとみられます。ただ、そもそも「スパイ」という一般用語は、諜報機関の間で、敵対組織の諜報員と情報提供者を指しており、自組織の諜報員と情報提供者に対しては使用されません。また、自組織の情報提供者を獲得する任務を負う諜報員は「工作担当者」(ケース・オフィサー:case officer)とも称され、もちろんスパイとは呼ばれません(以下参照)。

実際の諜報機関における
呼称・用法
スパイエンタメ(本作)における
呼称・用法
自組織メンバー諜報員(エージェント)「スパイ」又はエージェント
敵対組織メンバースパイスパイ
協力者運営実行者運営担当者(ハンドラー「スパイ」又はエージェント
協力者獲得工作実行者工作担当者(ケース・オフィサー)「スパイ」又はエージェント
諜報活動監督者(上司)「ハンドラー」
注:赤字は、実際の諜報機関における呼称・用法と本作の間と異なる部分であり、青字は一致する部分。

 つまり、諜報員(エージェント)は、情報提供者を獲得する工作担当者(ケース・オフィサー)であるとともに、獲得された後の情報提供者(獲得以降は「協力者」と呼称)を管理する運営担当者(ハンドラー)でもあるということです。本作で言えば、黄昏は、「ストリクス」作戦の対象者であるデズモンドに対して協力者獲得工作を仕掛けるという点で工作担当者であり、同時に、「情報屋」として工作に協力するフランキー・フランクリンを管理するという点で運営担当者でもあるのです。

 したがって、諜報機関における「ハンドラー」の正しい用法に従うと、黄昏自身がハンドラーであり、その上司であるシルヴィア・シャーウッドはハンドラーに当たりません。諜報員の上司はもちろん存在しますが、飽くまでも単なる上司であってハンドラーとは呼ばれません。

 本作では、「ハンドラー」という英単語が西側諜報機関の資料から引用されたものの、「ハンドラー」が、国内諜報機関において日本語でどの専門用語に相当し、どのように定義されているかまでは把握されなかったため、「ハンドラー」の用法に誤用が生じたとみられます。

 そのほか、本作中では、「運営」(handling)、「アジト」(アジテーティング・ポイント:agitating-point)など、国内諜報機関で常用される専門用語が見当たりません。一方、本作は、黄昏の活動拠点となる住居に対して「セーフハウス」(safe house)という用語を当てていますが、これは、西側諜報機関の用法です。国内諜報機関では使用されず、「アジト」が用いられています。アジトという用語は、当局側でなく、反政府運動側の活動拠点として使用されると説明されがちですが、実は、国内諜報機関は、自組織の活動拠点に対してもアジトと呼んでいます

Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用

スパイエンタメはスパイの実態を伝えるものにあらず

 本作の参考根拠について分析を進めましたが、そもそも本作もまたスパイエンタメの一つであり、スパイの実態を伝えることを目的としていません。スパイ要素は、飽くまでも擬似家族を作り上げるための舞台装置に過ぎず、その本旨は、疑似でありながらも本当の家族に勝るに劣らない幸せな幸福を描くことにあるかもしれません。

 いかなる理由があろうとも、本作がスパイエンタメとして成立しており、話題作となって、多くの耳目を集めていることに変わりません。そして、エンタメでありながらも、スパイを題材として取り扱うことで、スパイという裏社会の存在に注目が集まることは自然な成り行きです。

 実際、過去に類似の事例はあり、例えば『踊る大捜査線』(1997年放映)は、従来までと異なり警察内部の二項対立という群像劇を描くことで好評を博し、これに伴い、警察官を志す者が増加したと言われています。同じく『海猿』(2004年映画化)は、知らざれぬ潜水士の活躍と苦難を描くことで、海上保安官への人気が高まったとされます。
 いずれもエンタメの枠組みの中で、一般的に知られていないリアリティーを表現されており、これが社会の関心を広く集めて、志望者が増加したという流れです。

スパイという存在に注目を集めるスパイエンタメ

 スパイエンタメは、「007」「ミッション・インポッシブル」などを経て確立された分野といえますが、「007」の主人公は英国秘密諜報部(MI6)所属、「ミッション・インポッシブル」の主人公は米国中央情報局(CIA)所属とそれぞれ設定されています。MI6とCIAは、西側の諜報機関の中でトップレベルと目されており、特に、MI6は、その源流を1900年頃まで遡り、近代諜報機関の始祖ともされる存在です。そのお膝元である英国で、「007」というスパイエンタメが発祥して、世界中へ広がったことは単なる偶然でしょうか
 

 それでは、スパイエンタメという存在は、諜報機関にとってどのように受け止められるのでしょうか。スパイエンタメが隆盛することで、スパイ志願者が増加するという一面もあり得るのではないでしょうか。

元スパイ・クマさん
元スパイ・クマさん

スパイエンタメが制作されることで、スパイという職業が脚光を浴びるのは自然な成り行きだよね。キミもスパイを志したきっかけは、有名なスパイシリーズに憧れたからでしょう?

新人スパイくん
新人スパイくん

その通りです。スパイって、格好良くて強くて、子供の頃から憧れていましたから!

以 上

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