第01話001:スパイアニメが示すスパイの深層と情報の本質(SPY-EN001)
最も腕が立つエージェント「黄昏」
本作開始直後に登場するコードネーム「黄昏」(たそがれ)を持つスパイ。熾烈な情報戦が行われている世界において、「最も腕が立つエージェント」とされます。
現実のスパイの世界では、こうした「最も腕が立つエージェント」が稀に存在しており、時に「スーパースパイ」とも密かに称され、諜報員の間や諜報機関の内部で敬意と畏怖を以て認識されることがあります。おそらく、黄昏は、こうしたスーパースパイの一人という設定でしょう。
一言でスパイといっても、全員が同列に論じられるわけではなく、その内実は、大きく二分されます。それは、ごく一部、おそらく100人に1人いるかいないかの「スーパースパイ」と、残る99人以上を占める「凡庸なスパイ」です。能力の優劣を主な根拠にこうして極端に二分されるという点がスパイにしかない特質の一つです。こうした特質にならざるを得ないことには明確な理由があり、それは、スパイが取り扱う情報の中には、ごく稀に国家を超えて世界を揺るがしかねない高度情報が含まれているからです。一つの情報が世界を変えることすらありえるのです。
故に、諜報機関による熾烈な情報戦の究極目標とは、世界を変えかねない高度情報の入手であり、逆に言えば、世界を変えることのない情報には何らの価値がないという、身も蓋も無い結果至上主義でもあります。
その意味で、黄昏のオペレーションが世界の平和を背負っているという本作の設定は、あながちリアリティーなき荒唐無稽ではなく、現実において、スパイとしてありふれた本質を端的に示すと言えるでしょう。

「結婚?人並みの幸せ?そんなものへの執着は、スパイとなった日に身分証と共に処分した」(『SPY×FAMILY』第01話より引用)
作品開始間もなく、黄昏はさらりとスパイの本質を端的に口にします。つまり、結婚をはじめとして、一般人にあるごくありふれた人生を望むなど、本来的にスパイに許されるはずがないということです。もちろん、望むべくもないのは、結婚ばかりでなく、家族を持ち、子供を宿して育て、円満な家庭生活を送るということも含まれます。そもそも、家族ほどスパイにとって親和性が低いものはありません。
なぜなら、家族は、一般人にとってごくありふれた概念であり、スパイほど一般人とかけ離れた時系列と空間に生きる存在は他におらず、故に、スパイには家族に恵まれる道理がそもそも無いのです。スパイは、一般人が生きる現在という時間を生きていません。スパイが一般人と同じ時系列に生きるのであれば、スパイなどそもそも存在する必要がありません。スパイは、近い未来に起こるかもしれないという潜在的で見えない危険をいち早く察知し、これを事前把握するとともに、現実に具現化する前の段階で、一般社会に知られることなく排除することを任務としています。スパイの思考と感性は、現在に対してではなく、常に未来に向けられており、その未来を見通すために過去の事象を追求し続けます。故に、スパイが現在という時を生きることはありません。こうした一般人との間に横たわる時系列と空間のズレこそ、スパイが家族という一般的な幸福と本質的に相容れないことの要因です。
しかし、本作は、偽装工作の一環とはいえ、現実では想像し難いスパイと家族のつながりを描くことで、スパイエンタメとして成立させることを意図しています。成立させるための設定とは、後ほど、娘役のアーニャ及び妻役のヨルの登場によって明らかにされます。それは、黄昏のスパイという身分設定に勝るとも劣らない超常の力を有していることです。
黄昏のようなスーパースパイは、現実的に、ある種のエスパー又は超能力者に近い異能の力の持ち主です。これは、実際にスーパースパイを目の当たりにしなければ理解できないでしょうが、現実世界で万人にとっておよそ不可能とされることを可能に変えるのがスーパースパイです。こうして超常の能力の持ち主である黄昏は、キャラクター性としても強烈であり、その黄昏に負けないキャラクター性を他の家族の一員にも持たせなければ、黄昏が専ら主導して、その指示に従う一方的な家族像しか示すことができないでしょう。この意味で、本作では、娘役のアーニャと妻役のヨルに対しても、超常の力が与えられたのでしょう。
Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用
任務指示暗号の受領における組織からの伝達事項
本作冒頭では引き続き、諜報員に対し、所属する諜報機関からの暗号による指示伝達が行われます。この伝達事項には、スパイの本質が随所に詰め込まれており、本作が単なるスパイエンタメではないことを示すものです。さらに、今後のストーリー展開においても、黄昏という一人のスパイを描くに当たって、スパイのリアリティを各所で思い出したように打ち込んでいくことで、家族と決して交わる境遇に恵まれないはずの黄昏の影を的確に表現していきます。
そして、物語が進むにつれて、どこから見ても黄昏がアーニャとヨルと共に円満な家族像を作り上げ、これは任務遂行上で有効な要素として働くにも拘わらず、仮初でしかない家族虚構と向き合う黄昏の心理的矛盾を深めていきます。
Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用
「影なき英雄よ。君達エージェントの活躍が日の目を見ることはない」、「勲章もなく新聞の片隅に載ることもない」(『SPY×FAMILY』第01話より引用)
スパイは、情報を取り扱うプロであり、その情報の中にはごく稀に、世界の仕組みを変えてしまうほど高度かつ希少なものが含まれるのが常です。極端な例を挙げますと、例えば、世界が二つに分かれて双方とも核武装し、対立を深めていたとしても、一人のスーパースパイによって、どちらか一方の陣営で保有する核兵器が有効に機能しない可能性が高いという高度情報が入手されてしまえば、対立が瞬時に消滅することもあり得えます。
これが実際に起これば、世界の対立解消に貢献したと言えるわけで、その情報を入手したスーパースパイは、人類レベルの救世主といえます。しかし、こうした救世主が、公においても秘密裏においても知られることはありません。
なぜなら、そのスーパースパイは、本件情報を入手した時点で任務を解かれ、休む間もなく次の任務に取り組むからです。本作においても、黄昏は、大臣の命を救うことで任務を完了させ、組織からの指示伝達の中で、その旨が伝達されていますが、同時に、次の任務の指示を受けています。つまり、たとえ世界の対立解消が実現したと言っても、人類の歴史を見れば、様々な枠組みにおける対立の繰り返しであることは明らかであり、次の対立が必ずどこかで生じ始めているからです。対立が終わった平和な今とは、もはやスパイによる高度情報を必要としていない時代とも考えられ、そこにスパイの居場所など存在しないのです。
世界が平和を享受する中で、スーパースパイの功績が讃えられるような図式は、一般社会はもちろん、スパイの世界においても成立する余地はありません。諜報機関の内部においてですら、何事もなかったかのように、スーパースパイには次の任務が与えられているだけです。当然のように、公の名誉としての勲章もなく、その功績を広めようと報道されることもありません。努力の賜物と自己顕示欲と完全に無縁な世界に生きることができなければ、スパイなど到底務まらないのです。
こうした戒めは、次の台詞で明確に示されています。
Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用
「だがそれでも」「その骸の上に人々の『日常』が成り立っていることを忘れるな」(『SPY×FAMILY』第01話より引用)
上述のとおりスパイは自らの功績を目の当たりにすることはありません。それは、スパイが、多くの人々が生きる現在ではなく、未来を生きるためというだけの理由ではありません。極論すれば、スパイが自らの人生を賭けて遂行した任務は、スパイの存命中に結果として現れることなく、その死後においてようやく具現化することすらあり得るということです。「骸の上」というのは、任務に失敗して命を落とすことを必ずしも指していません。
スパイは、いかなる功名心とも無縁でなければなりません。功名心のみならず、金銭的豊かさ、物質的豊かさ、待遇、地位など社会一般において、努力の結果に得られるあらゆる果実を与えられることはありません。そもそも、スパイとは、国家に所属する公務員であり、その給与や待遇は、公務員に関連する法令によって定められており、その範囲内を超えることはありません。たとえ、世界を揺るがす高度情報を入手して、国家と国民の利益に多大に貢献したとしても、公務員の給与法令に従い、月給が数万円足らず増えるくらいです。金銭的豊かさを求めるのであれば、スパイほど割の合わない職業は存在しないでしょう。

スパイになると、金銭をはじめとしてあらゆる栄光とは無縁になるけど、覚悟はいいかな?

・・・あれも欲しい・・・これも欲しい・・・ええっ!?そんなぁ~
それ以上に、自らの人生を賭けて遂行した任務が存命中に結果として現れないことすらあり得るのです。自分の仕事が結果として一向に生じることなく、次々と仕事を与えられ、仕事を淡々とこなすというのが、スパイ活動の日常となります。ここで一度考えてください。自分の仕事がどのような結果をもたらすのか分からないまま、仕事に取り組むわけですが、これは精神的に相当厳しく、空虚な日々になる可能性が高いのです。人間は、仕事を通じて、自らの自己実現を図ろうとする一面があり、故に、就職時に「やりがいのある仕事」を選ぼうとするはずです。
しかし、スパイの仕事は、必ずしも結果がつきまとうわけではなく、結果が生じないかもしれない以上、仕事を通じて自分がどのように変化や成長したのかも同様に分かりません。これでは、やりがいを感じることなどあり得ないでしょう。スパイとは、人間社会の中で「最もやりがいのない仕事」といっても過言ではありません。

現実には、情報を扱うプロになりたいとしてスパイを志す若者は後を絶ちません。しかし、多くの新人スパイは、スパイ特有の「やりがいの無さ」を目の当たりにして少なからず失望することになります。結果なき仕事の日々にあって、新人スパイたちは、自分の仕事が何の役に立っているのか分からなくなり、こうした空虚感が極まると、そもそも自分が毎日何をしているのかすら分からなくなり、最悪はメンタルの均衡を崩す者すらいます。
スパイである以上、情報センスが求められるのは当然として、実は、情報センス以外にも求められる資質が少なくありません。その資質の一つに、自己顕示欲を持たず、功名心にはやらず、何よりも社会一般の自己実現ややりがいを求めないことがあります。こうした資質に恵まれない新人スパイはやがて、スパイの世界を去っていきます。
それでは、スパイには、いかなる自己実現ややりがいも求めてはいけないのでしょうか。現実には、スパイとは、人類最古の職業の一つに数えられ、数多のスパイが人間社会の裏側で情報収集に当たっており、スパイが絶えた時代はありません。つまり、スパイには、スパイ特有の自己実現ややりがいが存在しています。それはやはり、自分の「骸の上に人々の『日常』が成り立っていること」に対する究極の自己満足です。
こうした自己満足感は、黄昏が胸中で語った次の台詞で端的に示されています。
Ⓒ『SPY×FAMILY』制作委員会・『SPY×FAMILY』第01話より引用
「すべてはよりよき世界のために・・・!!」(『SPY×FAMILY』第01話より引用)
スパイたちが、人生を捧げ、命を賭けて任務を遂行し、その結果が生じることもなく、この世を去ってなお、その自己満足を端的に示したのが、この台詞と言えるでしょう。「世界のために」と言えば、あたかも何らかの思想信条が存在するように聞こえるかもしれません。しかし、スパイは、情報の信ぴょう性を取り扱う以上、特定の思想信条に偏るわけにはいかず、この台詞は、飽くまでも個人の範囲内にとどまる性質となります。つまり、単なる自己満足でしかありません。
しかし、自己満足と言っても、その内実は「俺は誰からも知られることがないけど、実は凄いんだ」という俗に言う「厨二病」に近い一面があります。信じられないことに、スパイたちは、自分の功績がいかなることがあっても賞賛を受けることはないにも拘らず、むしろ逆に、自分の功績が誰からも知られなければ知られないほど、自分自身の価値が高まるとすら考える節すらあります。これは、「逆張りの自己満足」と考えられるものであり、自分の功績が大きければ大きいほど、他人から知られて賞賛を受ける必要などなく、時には、自分の功績が他人に理解できるはずがない、いかなる者も理解できないほど次元の異なる功績を自分は挙げた、だから、自分の功績が誰からも認められなくてもそれは当然、ということです。究極の自己完結とも言えるでしょう。

スパイになると、自己満足でしか自分を慰められなくなるけど、覚悟はいいかな?

ええっ!?仕事ができても褒められないのですか・・・
一歩間違えると、「厨二病」の極みに近い幼くて未成熟な思考プロセスになりかねませんが、これがスパイによくある物の見方考え方なのです。この境地に達しなくて、スパイとして生涯を捧げることなど到底叶わないのです。そして、こうした傾向は、スーパースパイになればなるほど強まっていきます。実際に、世界を揺るがしかねない高度情報を入手し、世界を動かしたと言っても過言ではないため、スーパースパイは、自分以外が立つことのない高みに存在するという究極の自己満足を得られるのです。
仏教用語に「天上天下唯我独尊」がありますが、これに近い心性かもしれません。スパイの仕事は、結果が生じないために、誰よりも自分が優れていると直ちに考えられず、そもそも他人と比べようのない日々となります。この中で、スーパースパイは、優劣の存在しないニュートラルでオリジナルの自分という唯一性を信じているのです。この唯一性への信仰こそ、スーパースパイにとって、最大の原動力となり得るのです。もちろん、程度の差こそあれ、凡庸なスパイの多くにも共通する心性でもあります。

本作に登場する黄昏もまた、「すべてはより良き世界のために・・・!!」と端的に心中で述べます。逆に言えば、これ以上の願望を示すことはありません。これは、本作を通底する黄昏の心理であり、こうした心理には、現実に対する何らかの不満や不満足が現れる様子は窺われません。もちろん、黄昏自身に、結婚をはじめとするありふれた幸福が存在しないことについても同様です。常人には到底受け入れられないやりがいと自己実現の皆無な世界に、黄昏もまた、自身でしか味わうことのできない自己満足を感じているかもしれません。
一方、数々のスパイを使役する諜報機関は、スパイのこうした本質を知悉しています。故に、前述の指示事項の中で、黄昏のことを「影なき英雄」と呼ぶわけです。黄昏が、誰からも知られない英雄であることを認めて賞賛するとともに、同時に、その英雄譚が誰からも知られることがないことを戒めであるかのように「君達エージェントの活躍が日の目を見ることはない」と改めて指摘するのです。
諜報機関という組織こそ、自己満足に浸るスパイたちにとって唯一の理解者であり、その任務結果に対する唯一の評価者でもあります。組織にとっては、その存在義を高めるため、所属するスパイたちの働きが全てであり、任務に対するスパイの忠誠心とモチベーションの維持が何より重要です。スパイたちの任務結果を評価して労うことで、信頼関係を構築することに腐心しており、故に、スパイは、組織から与えられた任務に生涯を捧げて取り組み続けることができるのでしょう。
以 上






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